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私のことは……そう、世話をしてくれる飼い主か、住処と食べ物を提供してくれる庇護者程度にしか思っていないはずなのだ。
きっと自分の飼い主を他の野良に奪られるとでも思って怯えているだけだ。
そう思った私は、保護者らしく頬を濡らす深月の涙をぬぐい取って……子供をあやすように背中をさすりながら、玄関先からキッチンまで誘導した。
いつも深月が座っている――咲江が使っていた――椅子を引いてゆっくり着座させると、彼の前にしゃがみ込んで懸命に紡がれる深月の言葉に耳を傾けた。
だが、その内容は自分が思っていた以上に衝撃的で。
まず第一に。
私が懸念していた通り、深月の主治医の先生とやらは、深月に気があるらしい、というのがズーンと重くのしかかってきた。
(けどちょっと待て。常識的に考えて、主治医が患者にそういう感情抱いちゃダメだろ! しかも深月は義父から性的虐待を受けてたのが理由でアンタんトコに通ってんだろ!?)
そんな相手に、同性の医者が恋情なんて抱いたら、治療に差し障りが出るはずだ。
(って……これ、思いっきりブーメランだな……)
人を好きになることに、そんな理性なんて通じるはずがないことは自分が一番よく分かっている。そのくせ、そんなことを盾に取ってしまいたくなる程度には、私は深月を誰にも渡したくないのだ。
第一深月の心はその先生にある。
深月が、私とのことを女の子に置き換えてそいつに話していたのはきっと、先生からの好意を知る前だろう。
きっと深月は、先生の前で〝普通〟を取り繕いたかったに違いない。
そこまでしたいと深月が思うような相手――。
到底私に勝ち目なんてないじゃないか。
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