40.トラブルと後悔【Side:長谷川 将継】

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40.トラブルと後悔【Side:長谷川 将継】

(やべぇな、顔がにやけちまう)  職場へ向かいながら、気を抜くと即座に表情筋が緩んできてしまうことに、私は小さく吐息を落とした。 (だって……深月(みづき)がとうとう私の恋人だぞ?)  こんなに浮足立った気持ちは咲江(さきえ)に先立たれて以来、初めてかも知れない。  だが――。 (なぁ咲江。お前のための場所、深月に譲ってやっても構わねぇか?)  私は最愛の妻を見送った時、もう二度と人を愛することはないだろうと思っていた。  それこそ一生。死ぬまで自分の心の中の柔らかくて温かな部分は、咲江だけのものだと信じて疑わなかったのだ。  なのに、気が付けば、いつの間にかそこに深月が入り込んでいた。  ともすると、咲江の場所をどんどん侵食し、食いつぶしていく勢いで、深月が私の心を占めていっている。 (このまま突き進んで大丈夫なんだろうか……)  ふと咲江への後ろめたさに(さいな)まれ、弱気になったと同時。 『バカですねぇ。(まさ)さん。あなたの愛した妻は、そんなに心の狭い女でしたか?』  咲江のクスクスと笑う声が聴こえてきた気がして、私は小さく吐息を落とした。  そうだった。  私が(めと)った女性は、とても心の広い優しい(ひと)だった。  病床でも、何度も何度も言われたものだ。 『ねぇ将さん。お願いだから……。どうか私の死に縛られないでね? あなたは強くて優しい男性(ひと)。この人だって思える相手が現れたら……どうかその心のままに。――ね? 間違っても私のために……とか言って、心に(ふた)をしたりしないでね? そんなことをされたら……私は許せなくなってしまう。そんな……罪作りな女にしないで下さいね?』  それは、伴侶を遺して逝かねばならなかった咲江の、精一杯の強がりだったのかも知れない。  本心では〝一生私だけを想い続けていて?〟と言いたかった可能性だってある。  いや、普通はそうだろう。  だけど――。
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