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(なぁ咲江よ。お前の優しさに甘えても構わねぇか?)
いつだって咲江は、年上のはずのこんな弱い私のことを、ふんわり包み込んで守ってくれるような……そんな包容力を持った女だった。
きっと今回だって『ホント、仕方のない人』と笑ってくれるだろう。
それに――。
深月のことを愛したからと言って、咲江のことを嫌いになるわけじゃない。
「深月……」
愛しい人の名を口に乗せたと同時、頬を撫でるような季節外れの暖かく優しい風が、私のそばをさわりと吹き抜けた。
***
「社長、清水さんが通勤途中、事故に遭われたみたいで。清水さんが担当していた住川工業さんの現場へはとりあえず彼と組んでた財間さんが向かってくれたんっすけど……」
事務所の扉を開けたと同時、受話器を握りしめた状態で、従業員の田村がオロオロと私の方を見詰めて声を震わせた。
たまたま事務所には田村しかいなかったようで、元々肝の大きくない田村はキャパオーバー気味になってしまったらしい。
住川工業の現場と言えば、仕様変更が相次いだ関係で工期が大幅に遅れている場所だ。
うちからは田村が言ったように清水と財間がペアで出掛けていたが、果たして清水が欠けた状態で上手く回るだろうか。
「なぁ、清水の事故ってぇのは酷いのか」
「分からないんっす。救急車で運ばれながらも清水さん、『会社に電話』ってずっと言ってたみたいで……。病院へ駆けつけた清水さんの嫁さんから取り急ぎ会社へ連絡が入ったんっす」
すぐに奥さんが駆けつけられたと言うことは、割と自宅から近いところの病院へ運ばれたと言うことだろう。
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