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「深月くん、とりあえず服を着なさい」
僕はビシッと背を伸ばし、「は、はいっ……」と返事をして生乾きの衣服に手を伸ばそうとすると「そっちじゃない」と、スウェットを指さされる。
男性の前でいそいそと再びスウェットを身に着けると、窺うように声を出した。
「あの……なんで、僕の名前……」
『知っているんですか?』と続けなきゃいけないと思うのに、震える唇が上手く言葉を紡げない。
「失礼だけど、名前すらわからなかったから財布の中の保険証を見せてもらったんだ。勝手にすまないね」
そういえば、今日は病院だから財布に保険証を突っ込んでいたんだと思い出す。
そして、今日は病院なんだった。
きっと、彼も仕事があるだろうし、長々とお邪魔してしまうと迷惑になるんじゃないか……と、いうより僕が早くここから逃げたい。
「あ、あの……。貴方のお名前は……何と仰るんですか? 今度、改めてお礼に……」
言いながら、半乾きの衣服に手を伸ばすと、その手首を掴まれて、またもやビクンと身体が震える。
(何で、この人の手、こんなあったかいんだろ……)
「長谷川将継。三十八歳。こんなおじさんに拾われたのが運の尽きだったね。そうだな、礼がしたいなら──」
手首を握られている指がブルブル震えて。
もしかしてこの人は、悪い人? また、僕を傷つけるような悪い大人の男?
細められた瞳に潤んだ瞳を返すと、目の前の男性――長谷川さんは、やっぱり唾を飲んだような気がして。
僕の目を真っ直ぐ射抜いてにっこり笑って見せた。
手首を掴まれたまま再び蹲りそうになってしまうのを何とか堪えて、眼鏡の奥の瞳を覗き込んで言葉の続きを待つ。
長谷川さんは、そんな僕を見て口元を緩めた。
「金や物なんかじゃなくて、別の方法がいいな」
別の、方法……?
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