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41.将継さんのために【Side:十六夜 深月】
タクシーが病院に着くと、精算してくれた武川さんが、「ほら、行こう?」と僕の腕を引いたけれど。
目の前にそびえ立つ病院を目の当たりにし、この建物に先生がいるのかと思うと、嘘を吐き通している自分に罪悪感を覚えてしまって、時間稼ぎみたいにそろりそろりとタクシーから降りる。
エントランスをくぐると武川さんは受付で診察券を出して、僕の腕を引いたままロビーの三人掛けの座席に座った。
ちらっと覗いたスマートフォンの時刻は八時五十六分。
将継さんからは何もメッセージは入っていない。
九時になったと同時に、まだ閉まっていた外来詰所の扉が開かれて、三つある診察室のドアが内側からかちりと解錠する音が聴こえ、すぐに看護師が「武川さーん」と声を掛けた。
「いいか? 美青年。俺は先に診察済ませてくるから、ちゃんと先生に話すことまとめておくんだぞ? 嘘吐いてあのおっさん庇わなくていいからな? じゃあ、ちょっと待ってろな?」
言って、武川さんは第三診察室へ入っていく。
(嘘吐いて庇わなくていいっていうか……そもそも将継さんの存在を隠してるのにどうしたらいいんだろう……)
縋るようにスマートフォンの待ち受け画面を覗いて、将継さんからの返信はないだろうかと見つめ続けるけれど、神様は意地悪だ。
(将継さんから返信が来たとしても、もう病院に来ちゃってるんだから先生に会うしかないんだけど……)
そうこうしている内に診察室から武川さんが出てきて、「ほら、カウンセリングルームに行こう?」と、また腕を掴まれて無理矢理立たされる。
スマートフォンをマナーモードにしてマウンテンパーカーのポケットに突っ込んで、振動して欲しいと祈りながら武川さんの後ろ。
カウンセリングルームの扉をノックした武川さんは「失礼しまーす!」と溌剌とした声で、扉を開いた。
「武川くん、おはよう」
……と、先生の穏やかな声が聴こえたと共に、武川さんは背後に隠れている僕をずいっと腕を引っ張って前に押し出した。
「……深月くん?」
先生が瞳を瞬かせたと同時、武川さんは「先生! 大変なんですよ!」と、嬉々として叫んだ。
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