41.将継さんのために【Side:十六夜 深月】

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 穏やかな眼差しの先生が、優しい声で「武川(たけかわ)くん、今週は何か変わったことはあったかな?」と武川さんに視線を向けた。 「あ、俺は何もないです。十六夜(いざよい)くんのピンチを発見したことくらいです」 「――そう。じゃあ、ちょっと退室してもらっていいかな? 帰らないで? 待っててくれる?」 「はい! 十六夜くんのこと、ちゃんと説得してあげてください! ロビーで待ってます!」  言って、武川さんが立ち上がってカウンセリングルームから退いて行ったと同時、静かな声が「――深月(みづき)くん」と僕を呼んだ。 「性的な反応があったって言ったのも、彼で間違いない?」 「……はい。彼には反応してしまって、それで、一緒にいるうちに彼のことばかり考えてしまって、先生にそれは〝恋〟だって言われて、彼への気持ちを自覚しました。それで、彼も僕のことを愛してると言ってくれて、両想いになって……恋人になりました」  先生が一つ溜め息を吐いて。 「……先生は墓穴を掘ったっていうことだね。――ねぇ、深月くん。先生の自惚れじゃなかったらキミは僕を慕ってくれていたんだと思っていたけれど、違うかな? 十年近くの歳月を共にした先生と、出会ってたった数日の彼と……どっちが本当の〝恋〟なのか……ちゃんとわかってる?」 「先生のことは……ずっと好きでした。でも……胸が苦しくなるような好きではありませんでした。彼を想うと幸せだけど……それ以上に、僕の知らない彼を知っている人がいるって考えただけで胸が苦しくなって……。一人で生きてきて、なんにも苦しくなかったはずなのに、彼を知ってしまったら、たちまち一人が寂しいと感じるようになりました。好きなんです。彼が。それに――」  そこで言葉を切ると、僕は自らのカットソーをまくり上げて、痣だらけの腹部を先生の視界に映り込ませた。 「怪我したっていうのも、本当は暴力を受けて……助けてくれたのも彼でした」  それを見た先生は面白そうに口元を歪めた。
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