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「……身体的暴行と性的暴行」
先生が静かに発したその言葉の意味が咄嗟に理解出来なくて、「え?」と呆けたように呟くと、先生は愉快でたまらないと言った様子でククッと喉を鳴らした。
「深月くんは彼に身体的暴行と性的暴行を受けた。――そう通報したらどうなると思う?」
「通報って……、そんな事実ありません!」
「先生は医者として患者を守る義務がある。暴行を受けている可能性のある患者がいたら通報するのが役目なんだよ? ――それが嫌だったら離れなさい。彼のために離れてあげられる? 仮に、深月くんがもう病気が治ったから病院を必要としないと言うのなら、僕とキミは医者と患者じゃない。人と人だ。そうなったら……先生も深月くんへの態度を変えることが出来る。この意味がわかる? 恋敵に容赦しない……ということだよ? それにきっと深月くんの恋心は、〝吊り橋効果〟っていうやつだと思うんだよね。一緒にピンチを乗り越えて、恋愛感情だと思い込んでいるだけ。一時的な気の迷いだよ」
(将継さんのことが一時的な気の迷い……?)
そんなことがあるだろうか。
僕は一時的な気の迷いで誰かに興味を持つことなんて決してないし、人間を避けて生きてきた自分だからこそ、この想いが嘘偽りない本心だと思う。
「気の迷いなんかじゃありません! 僕は彼が好きなんです!」
「そっか。そこまで洗脳されているなら、大問題だ。医者として、通報しなきゃいけないね? だけど――先生も深月くんの気持ちを蔑ろにはしたくない。来月の予約日まで時間をあげるから。彼のためにどうするべきか決めてきてくれる? 待ってるから。じゃあ先生は武川くんを呼んでくるからちょっと待ってて?」
言って、先生が立ち上がってカウンセリングルームの扉を開けてロビーに向かっていく様を、半ば霞む視界が捉えた。
(僕が将継さんのそばにいたら、将継さんが犯罪者にされちゃう……?)
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