43.少しだけ休ませて【Side:十六夜 深月】

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 見下ろしてくる瞳の圧に呑まれそうになってしまったけれど、ここで身体を(けが)されたくなくて、気丈に武川(たけかわ)さんの瞳と向き合う。 「ぼ、僕は……義父からの虐待で……ED……だから……こういうことは、出来……ません……」 「ED? じゃあ、あのおっさんとはどうしてたの? 恋人だったとか言ってたじゃん? あー、そっか。お口でご奉仕して突っ込まれてたのか? マジでひでぇおっさんだな」 「……そ、そんなこと、ない! 将継(まさつぐ)さんは……僕の嫌がるようなこと、しません……。こんなこと、しません!」  武川さんを押しのけようとしたら、彼は上着のポケットから僕のスマートフォンを目の前にかざして、ぶらぶらと振って見せた。 「なぁ、これ返して欲しかったら――あのおっさんに『大嫌いです。二度と近付かないで』って送られたくなかったらさぁ……(くわ)えろよ。俺、女不信でさぁ……かと言って男が好きなわけでもないけど、美青年くらい綺麗ならイケるかも? おっさんにも出来てたんだから俺にも出来るよな?」  僕は常に一人だからスマートフォンをロックしていない。  従わなかったら、彼は容易に将継さんにそんな追い打ちを掛けるような酷い文章を送ってしまえるのだ。 「口でしたら……スマホ返して、くれます、か?」 「俺は約束を守る男だよ? ほら? 咥えてみ?」  言って、彼は下衣の前をくつろげて、組み敷いていた僕の身体を起こすと、髪の毛を掴んで強引に顔を下腹に押し付けるようにして、彼の雄が僕の唇に触れた。 (将継さんにこれ以上、冷たい言葉を掛けちゃいけない……)  ただそれだけの思いで、僕は武川さん自身を口に含んで舌を這わせようとしてみたけれど――。 「……ふっ、う」  将継さんに以前こうした時は何ともなかったのに、武川さんのそれを咥え込んだ瞬間、義父(あいつ)から強要されていたトラウマがフラッシュバックして。 「うっ……ぐ……ぁ、うぇっ」  胃の奥底から急速に吐き気が込み上げて、けれど何も食事をしていなかった身体は胃液だけを吐き出し、武川さんは「うわっ! 汚ねぇ!」と身体を退けた。  けほ、けほと嘔吐(えず)きながら、生理的な涙を頬に伝わせると、武川さんが冷ややかな視線で僕を見下ろして、「美青年、なんの役にも立たないのな? 先生との約束だから守ってやるけど……明日はこんくらい出来るようになってろよ? じゃあ帰るわ」と踵を返すから。 「……待って! 武川さん! スマ、ホ……!」 「は? 満足にご奉仕も出来ないくせに何言ってんの? 明日もちゃんと家にいるか様子見にくるから。じゃあなぁ」  言って、武川さんは玄関を開けて出て行ってしまう。  僕はベッドの上の吐しゃ物をぼんやりと見つめて、生理的な涙が意思を持った涙に変わって次から次へと頬を伝うのを、感情が壊れていくのを、止めることすらも出来なかった。
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