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「今日は……二十一時には上がる」
私は逸る気持ちを抑えるように、腕時計に視線を落とすと、小さく吐息をついた。
もうじき正午だから、相良に告げた刻限まであと九時間もある――。
今日は欠員も出ているし、何より私自身が会社を空けてしまっている。
事務仕事も溜まっているだろうし、いつもより帰りが遅くなることは容易に推察出来た。
(クソッ!)
こんなことをしている間にも深月は辛い目に遭っているかも知れないのに。
『将継さん、恋人になれて嬉しかったです。こんな僕に愛してるって言ってくれて幸せでした。ずっとそばにいたかった。でも、僕のことはもう嫌いになってください』
音信不通になる前、深月から届いた〝らしくない〟メッセージの内容が私の心をかき乱す。
(深月、お前、誰かに脅されてるんじゃねぇのか?)
何となくだけど、あのメッセージには、第三者の介入を感じさせられて仕方がないのだ。
『OK、OK、了解。ま、こっちもそれまでにゃー長谷川が満足するようないい話聞かせてやれるようにすっから、しっかり気張れや』
私が大人しく相良の言葉に従うしかないことを分かっていて、あえて相良は私を叱咤激励してくれる。
私は「頼んだ……」と吐息を落とすと、通話の切れたスマートフォンをギュッと握りしめた。
そう。相良ならきっと。
私が得たい情報をすぐにでももたらしてくれるだろう。
(……とか言って、他力本願にもそう信じてぇだけだろ)
ふと、そんな弱気な自分がノタリと鎌首をもたげたけれど、私は小さく頭を振ってそんな考えを追い払った。
***
『集合場所はお前ん家でいいよな?』
きっかり約束の時間に相良から電話が掛かってきてそう問いかけられた私は、ちょっとだけ考えて「深月の居場所、分かったのか?」と単刀直入に要件へ切り込んだ。
『分かったって言ったら、……どうする?』
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