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次第に僕の憐憫を優しく包み込んでくれていた腕が急に音もなく離れていって、ずぶずぶと彼に身を預けようとしていた身体はすぐにバランスを崩してしまう。
支えてくれていたはずの腕がなくなるから、背中に縋りつこうとした僕の腕は空を切って、彼の輪郭を失ってしまった。
「将継さん……どこ、行くんですか?」
訊ねると、儚く消えかけている彼の口元は突然怒りのような形に歪んで、「深月は私を裏切った」と、痛くて痛くて堪らないような言葉が鼓膜を突き刺すから。
「ごめんなさい……裏切って、ごめんなさい……」
必死に許して欲しいのだとうわ言のように呟き続けるけれど、彼の影はどんどん薄れていってしまう。
どんなに腕を伸ばしても、欲しても、「もう許さない」と囁いた彼の影は、やがて完全に僕の目の前から消失していった。
――将継さんっ!
大声で叫んだってもう目の前には誰もいなくて、力なく座り込んだと同時にパチリとまぶたが開いて、目尻に水滴がまとわりついている。
(……夢、か)
夢でよかったと思ったと同時に、それは正夢なのだということに気が付いて、まなじりにくっついていた露はこめかみに伝った。
さっき目が覚めて、何時だったのかもわからないまま身体の怠さに再び眠ってしまっていたんだと思い出し、ゆっくり半身を起こす。
ベッドのシーツが吐しゃ物で汚れたままだったから床で眠っていたせいか、背中がギシギシと痛んで眉根を寄せると、口からはゴホゴホと咳がこぼれた。
(完全に風邪ひいたみたいだ……)
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