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掠め取られた唇が、表面を擦って離れた一瞬の合間に、「愛してる」と囁かれて再び唇を塞がれたら、愛の言葉に飢え、愛の言葉に弱すぎる僕の頑なな心を融かすのには十分過ぎた。
まるで、将継さんとこうするために備え付けられていたんじゃないかと思うくらい、唇はぴたりと重なって離れない。
熱を点された唇の中に、何か互いを確かめるように、伝え合うように、言葉なんて必要ないとでもいうように、侵入してくる舌で声を発することを阻まれて。
応えてしまうことは許されないんじゃないかと舌を引っ込めたら、許さないのだと喉奥までにも奪いにくるように、僕のそれよりもやや肉厚でざらりとした舌が咥内を深く暴いてくる。
結局、滑らかに動く彼の経験値には敵わないけれど、それでもたどたどしく僕も舌を差し出せば、言葉の代わりに耳に届く水音が、淫靡なはずなのにやけに尊くて、そして優しく鼓膜を揺する。
こぼれる涙が、だらしなく垂れる鼻水が、将継さんの頬も唇も汚しているはずなのに、彼は口接を解いてはくれない。
鼻に当たる彼の眼鏡のレンズの温度がぴりりと冷たく感じられたのは、唇から拡散された熱が身体中を暖めてくれているからだとわかる。
「んっ……ぅ……くっ、っ」
漏れ出る声は、喘ぎというよりは呻きに近く、止まらない涙と呼吸さえ奪われるような野性味を帯びたキスに胸がはくはくと苦しくて、でもやめて欲しくなくて、思考回路が正常じゃない。
舌を弄ばれたかと思えば、頬の内側の柔らかな粘膜を隅々まで堪能するように舐め回され、歯肉の裏から生理的に分泌され続ける湧水がじわじわと浮かぶたびに啜り上げられて、僕の咥内はもう彼のものになったようだ。
背に回された腕で背中じゅうを弄られれば、身体がぴくりと動く拍子に点滴スタンドが都度カシャンカシャンと音を立てて、その金属音は心に枷をつけられたかのような錯覚さえして、僕を捕らえて放さない。
顎を伝う涙も口端から溢れてこぼれる蜜液も、ぽたぽたと布団に染みを作っては、乾く暇もないほどに滴り落ちて行く。
仕上げのように頬肉から吸い上げるように水分を奪われて離れた唇が、まだ吐息が触れる距離にある愛おしさに、離れてしまった切なさに涙が止まらない。
「将継さん……もう、わかんない……です……」
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