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「そうだ。せっかくだし、私も深月と一緒に行って、咲江におはようを言って来ようかな」
器を手にしていない方の手を引いて、深月を席から立たせると、私は彼を引きずるようにして仏間へ向かった。
「ここにそれ、置いてくれるかい?」
仏壇内の本尊前に持ってきた熱々の飯をセットしてもらうと、仏壇前の座布団を深月に勧める。
自分は深月の少しわきに坐してマッチを擦って蝋燭へ火を灯すと、線香を立てて椀型の鈴を鳴らした。
そうして手を合わせながら「おはよう咲江」と妻に声を掛けると、すぐ隣の深月に視線を向けて「こっちの子は十六夜深月くんと言ってね、昨夜理由ありで拾って帰ったんだ」と深月を紹介する。
「深月、急に手とか合わせてもらってごめんな。コレ、うちの妻の咲江」
仏壇上に飾られた遺影のなか、元気だった頃の咲江が、こちらへ向かって華やかに微笑んでいる。
「五年前に病気で呆気なく逝っちまってな。以来私は男ヤモメの一人暮らしなんだ」
だから気兼ねしなくていいぞ?というつもりだったのだけれど。
深月が思いのほか辛そうな顔で私を見詰めてくるから。
「あー。もう何年も経ってるし……そんな泣きそうな顔しなくても大丈夫だから。けど……あんがとな」
よしよし、と深月の頭を撫でて、そういえばさっきからやたらとこの子の頭を撫でてしまっているなとハッとして。
先程まで横合いや背後から撫でていたから気が付かなかったけれど、今回は真正面からだったから気付いてしまった。
私が手を差し出した瞬間、一瞬だけ深月がひるんだようにギュッと目をつぶったことに。
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