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「深月、荷物そんだけか?」
あれからもう一日入院して退院が決まり、今日は将継さんが仕事を夕方で切り上げて迎えに来てくれて、今は僕の家に寄って引っ越しの荷物をまとめていた。
とは言え、持って出たいものは衣類だけだったので、荷物はボストンバッグ一つに収まってしまったのだけれど――。
「あ! ナマケモノ!」
思い出したように声を上げたら将継さんは不思議そうな顔で「ナマケモノ?」と問い掛けてきたので、「はい」と頷く。
僕は流しに置いてある小さな食器棚からマグカップを二つ取り出して、「ナマケモノのイラスト付きマグカップです。僕、好きで……将継さんと、一緒に使いたいです……」と小声で喋ったら、彼は嬉しそうに微笑んで。
「深月の好きなモンなんて初めて聞いたな。もっと早く言ってくれりゃーデカいぬいぐるみでも買ってやったのに」
ククッと笑う将継さんに、「僕……そこまで、子供じゃないです!」と唇を尖らせたら、彼は愛おしそうに僕を見つめてくるから何だか照れくさかったけれど、〝これから〟を思うと胸は勝手に高鳴った。
***
将継さんの車で家に着いて、僕はバッグを抱えて彼の後ろにちょこちょことついていくと、玄関の引き戸を開けられて中に入るように促されるから、土間で「お邪魔します」と呟いたらグッと腕を引かれた。
「お邪魔します……じゃねぇだろ? 今日からここは私と深月ん家だ」
至近距離に寄せられた将継さんの顔が眼前に迫るから、ギュッとまぶたを閉じたら、すぐに唇を塞がれて、互いの熱が交じり合う。
初めて交わしたキスから、もう何度も唇を結わえたけれど、彼の口付けは重ねる度に温度を増して、魔法のように僕をふわふわと浮上させる。
導かれるまま預けていた唇が余韻を残して離れたら、何か夢から覚めるみたいにフッと現実に引き戻されるような寂しさを感じるのは、恋の病かもしれない。
「おかえりのキスだけど、深月は何て言うんだっけ?」
「ただいま……将継さん」
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