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持ってきた衣類を僕の部屋の箪笥に入れさせてもらってリビングに戻ったら、将継さんはナマケモノのマグカップにコーヒーを淹れて待っていてくれた。
「深月のは砂糖、四匙入れといたから」
(あ……僕の砂糖の数……)
出会った日の、そんな些細なことを覚えてくれていたのが嬉しくて、我知らず口元がふにゃりと歪んでしまう。
「あ、ありがとう、ございます!」
「今日は深月の退院祝いに夕飯どっか食いに行こうか? 深月と初めて会った居酒屋とか? あ、それともまた深月の知らない私の知り合いに会うの嫌?」
その言葉に僕は思わず俯いて、のぼせたように顔が火照っていることを自覚しながらも、マグカップを両手でギュッと握りしめた。
「……もう、嫌じゃないです。恋人……になったから、……大丈夫、です。僕だけの将継さん……です、よね?」
「もちろんだ。深月は、私だけの深月?」
「は、はい! 将継さんだけの……僕です」
言ったら、将継さんは途端に真剣な眼差しを僕に向けて、「でも、まだ手放しで喜べねぇーんだわ。このままだったら、来月に深月が離れちまう可能性が残ってんだから」と呟いた。
(そうだ……このままだったら将継さんは……)
「――なぁ、一応聞いとくけど。深月は何を脅されてんのか教えてくんねぇーか?」
(もう、隠しても無意味だな……)
「……先生に、将継さんと恋人になったって言いました。……病気も治ったって……。石矢さんの暴力から守ってくれたことも……。でも、そしたら先生が……将継さんが、性的暴行と身体的暴行を僕にしたことにして通報するって……。恋敵に容赦しないって……。僕が入院中、武川さんが家に来てたかもしれません。僕を守って見張る……って言ってたから、将継さんのところに戻ったの先生に話しちゃってるかも……」
「……概ね、私たちの推察どおりっちゅーわけだな。取り敢えず、心配しなくても武川はもう深月の前に現れることはない」
「……え?」
(どうして将継さん、そんなこと知って……それに、そういえば武川さんが持っていたはずの僕のスマホも何で将継さんが持ってたんだろう……?)
「俺は犠牲になるつもりも、深月を手放すつもりもない。信じろ。――だから、必ずそばにいてくれ。深月の全部もまだもらってねぇし?」
訳がわからないなりにも、〝僕の全部〟に思わず赤面したら、将継さんはククッと笑いながら僕の頭を撫でて「何も心配しなくていいから、深月は安心してそばにいてくれ。飯食いに行こうな? 退院祝いだ。おかえり、深月」と瞳を眇めた。
(よくわからないけど、でも――)
「……はい。僕は将継さんのこと、信じます。これからもずっと、ただいま……しますね?」
その返事は、素早く掠め取られた唇に刻み込まされた。
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