50.今だけ許して、神様【Side:十六夜 深月】

5/14

675人が本棚に入れています
本棚に追加
/372ページ
「……えっ!?」  びっくりして組み敷かれた将継(まさつぐ)さんの顔を見上げたら、酒が入っているせいだろうか、その視線は(かす)かにギラついていた。  いつも優しくて甘い人だからだろうか、雄の本能を剥き出しにした彼の双眸(そうぼう)に、僕の瞳は惹き付けられてしまう。 「退院祝い……もちっとさせてもらえねぇかな?」  言って、額にフッと唇が押し当てられて、まぶたに、少しだけ濡れたまなじりに、鼻の頭に、頬に、次々と柔らかいキスの雨が降る。  顔中を唇が移動する度に「可愛い」とか「愛してる」とか囁かれるから、彼の唇の色が移ってしまったかのように、僕の顔面は真っ赤に紅潮していく。  けれど――。  将継さんの唇が一向に僕の唇を塞いでくれない。  柔らかな粘膜が(とろ)け合う、あの胸が詰まるようなキスが早く欲しくて、将継さんの首に両腕を絡めてグッと引き寄せてみたら。 「他に、どっかキスして欲しいとこあんの? ――なぁ、深月(みづき)、教えて?」 「わかってるくせに……意地悪です……」  ツンと唇を尖らせたら、将継さんは「どこにキスして欲しいのか深月が触って教えて?」なんて(そそのか)すから。  僕はゆっくり、自分の人差し指の腹を将継さんの唇に押し当てたら、彼は僕の指をぱくりと(くわ)えて、温かな口腔の粘膜に包み込み、爪の生え際を舌で辿られたら身体がぴくんと跳ねた。  そうして、「了解(りょーかい)」と囁いた彼は今度こそ、形のいい唇を僕のそれに寄せてしっとりと蓋をした。  ただ表面が重なりあっただけで、咥内(こうない)に侵入してこない舌に焦れていると、また将継さんの唇は離れていってしまうから。 「……なんで、意地悪するんですか?」 「なぁ、それって――深月もちゃんと私のことを求めてくれてるって思ったんでいい? いつも私からばかりだからさすがに不安になんだわ。私だけ求めてんのかなって」 「……上手に、色んなことが言えなくて、ごめんなさい……でも、僕も、将継さんが、欲しい……」 「じゃあキスしてくれる?」  僕は筆で()いたように頬を朱に染め上げながら、すくそばにある将継さんの唇にそっと口付けた。  それが合図になったのだろうか――。  将継さんは僕の後頭部を掴んで、頬肉から吸い上げるように僕の唇を荒々しく奪い、逞しい――と言ったら、何か表現がおかしいだろうか、けれどそう形容するしかない舌で僕の咥内を暴いてきた。  涙が伝ったのは荒々しさへの悲しみではない。  求めてもらえることへの悦びだった。
/372ページ

最初のコメントを投稿しよう!

675人が本棚に入れています
本棚に追加