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「……えっ!?」
びっくりして組み敷かれた将継さんの顔を見上げたら、酒が入っているせいだろうか、その視線は微かにギラついていた。
いつも優しくて甘い人だからだろうか、雄の本能を剥き出しにした彼の双眸に、僕の瞳は惹き付けられてしまう。
「退院祝い……もちっとさせてもらえねぇかな?」
言って、額にフッと唇が押し当てられて、まぶたに、少しだけ濡れたまなじりに、鼻の頭に、頬に、次々と柔らかいキスの雨が降る。
顔中を唇が移動する度に「可愛い」とか「愛してる」とか囁かれるから、彼の唇の色が移ってしまったかのように、僕の顔面は真っ赤に紅潮していく。
けれど――。
将継さんの唇が一向に僕の唇を塞いでくれない。
柔らかな粘膜が蕩け合う、あの胸が詰まるようなキスが早く欲しくて、将継さんの首に両腕を絡めてグッと引き寄せてみたら。
「他に、どっかキスして欲しいとこあんの? ――なぁ、深月、教えて?」
「わかってるくせに……意地悪です……」
ツンと唇を尖らせたら、将継さんは「どこにキスして欲しいのか深月が触って教えて?」なんて唆すから。
僕はゆっくり、自分の人差し指の腹を将継さんの唇に押し当てたら、彼は僕の指をぱくりと咥えて、温かな口腔の粘膜に包み込み、爪の生え際を舌で辿られたら身体がぴくんと跳ねた。
そうして、「了解」と囁いた彼は今度こそ、形のいい唇を僕のそれに寄せてしっとりと蓋をした。
ただ表面が重なりあっただけで、咥内に侵入してこない舌に焦れていると、また将継さんの唇は離れていってしまうから。
「……なんで、意地悪するんですか?」
「なぁ、それって――深月もちゃんと私のことを求めてくれてるって思ったんでいい? いつも私からばかりだからさすがに不安になんだわ。私だけ求めてんのかなって」
「……上手に、色んなことが言えなくて、ごめんなさい……でも、僕も、将継さんが、欲しい……」
「じゃあキスしてくれる?」
僕は筆で刷いたように頬を朱に染め上げながら、すくそばにある将継さんの唇にそっと口付けた。
それが合図になったのだろうか――。
将継さんは僕の後頭部を掴んで、頬肉から吸い上げるように僕の唇を荒々しく奪い、逞しい――と言ったら、何か表現がおかしいだろうか、けれどそう形容するしかない舌で僕の咥内を暴いてきた。
涙が伝ったのは荒々しさへの悲しみではない。
求めてもらえることへの悦びだった。
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