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「は、はい! えっと、あの、ここが噂の長谷川建設ですっ!」
テンパりまくって訳のわからない応答をすると、そばにいた将継さんがぶはっと吹き出した。
しかし――。
『深月なの?』
電話の主は母さんだった。
「母さん? どうしたの?」
『善は急げと思って、母さんいま長谷川建設さんの前にいるんだけど、深月もいるなら丁度良かった。長谷川さんに挨拶出来ないかしら?』
〝母さん〟と発した僕の声に、将継さんが真剣な顔で眼鏡のブリッジを上げたので、「ま、将継さん……母さんがいま会社の前に来てて、挨拶したいって言ってるん、ですけど……大丈夫ですか?」と窺うと彼は静かに「問題ない」と口元を引き締めた。
***
「初めまして、深月の母です。長谷川さんに深月がお世話になっていると聞いていても立ってもいられなくて……急に押しかけて申し訳ございません」
事務所内のパーテーションで仕切られた応接間に僕と母さんが並んで腰掛けて、将継さんは対面に座り、母さんが差し出した菓子折を将継さんが恭しく受け取ると、母さんは静かに口を開いた。
「息子に、長谷川さんのことを聞きました。深月が初めて真剣に誰かを好きになったと聞いて驚いたんですが……本当に長谷川さんのように立派な方が深月の相手でいいんでしょうか? 深月の虐待のこともご存知ですよね? 難しい子なので心配で……」
「はい。すべて承知しています。お母様にとっては大事な一人息子をこんな年上の男のそばに置くのが心配なのは重々承知しています。……実は、私は五年前に妻を亡くしておりまして……それからは寂しい独り身だったんですが……息子さんと出会ってまた生き甲斐を頂けました。本来ならこちらから挨拶に伺うべきなのに御足労頂いて本当に申し訳ございません。ただ――深月くんのことは真剣なんです。私が生涯を賭けて守りたいと思っています。こんなに年の離れた男同士で心配だとは思いますが……どうか深月くんを私のそばに置くことを許して頂けたら」
将継さんの真剣な言葉に母さんは目元をハンカチで拭いながら「深月は……」と、涙声を出すから、僕は隣りに座る母さんの背を擦ると将継さんはそれをじっと見つめていた。
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