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「これ、妻が使ってたやつだからちょっと可愛すぎるんだけど、この家の合鍵」
革細工で出来た猫のキーホールダーが付いたディンプルキーを見て、深月がフルフルと首を振って。
「こ、んな……大切なモノ、預かれません」
と消え入りそうな声で言う。
「うん。だからこそ持っていて欲しいんだ。キミはそれを持ち逃げしたり出来ないだろう?」
要するに、この鍵を返すために深月はもう一度ここへ戻って来なくてはならない。
洗濯した自らの服を見捨てることはあったとしても、きっと誰かの大切な人の形見の品を粗末に出来るような子ではないと勝手に思ったのだ。
それに――。
キーホールダーにはこの家の住所もしっかりと刻まれているから。
「戻り方が分からなくなっても、タクシーを捕まえてこの住所を告げればちゃんと帰って来られるから。あとはそうだな。私の連絡先も一応渡しておくから」
卵焼きを掴み上げながら、私は深月にニコッと微笑んで見せる。
「あの、でも、僕……」
深月が泣きそうな顔をして何かを言おうとしてくるけれど、私は半ば強引に話を進めた。
――だって、どうしてだろう?
咲江の形見の品をダシにしてまでも。
私は何故かこの子の手を離してはいけない、と思ってしまったんだ。
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