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時刻もそろそろ夕方になってきて、僕は相変わらず理解不能な簿記のテキスト本を、それでも何とか頭に叩き込もうと、事務仕事に真剣な将継さんのそばで格闘していたのだけれど。
仕事が一段落したのだろうか、将継さんは「ふぅー」と吐息を落とし、眼鏡を外して疲れたように眉間を指で揉みながら「深月、その本どうだ?」と声を掛けてきた。
「は、はい……えっと、何とか頭に入れようとしてるん、ですけど……、難しくて……。僕、教養がないから……将継さんのお役に、立てないかもしれません……」
しゅんと項垂れると、彼は眼鏡を掛け直して立ち上がり、僕のそばまで近付いてきて優しく頭を撫でてくれる。
「いきなりあれもこれも出来るようになんなくていいからな? 私のワガママで深月連れてきてんだから。まぁ、他の社員の目も気になるかもしんねぇけど、電話鳴ったらすぐ私に回してくれりゃーいいし、現場に出なきゃいけない時は私が出られるように電話転送していくし。私のそばにいてくれるだけでいいんだ。ちゃんと給料も出すから。――な?」
「……えっ!? そんな、お給料なんて、もらえません! それでなくても……生活の面倒まで、見てもらってるのに……。僕、ちゃんと外で働いて、将継さんに……お金入れないと……です」
言ったら、すかさず啄むように一瞬だけ唇を吸われるから、僕は目を瞬かせて真っ赤になると、将継さんはククッと笑って、話題を逸らすみたいに「今日の夕飯何食いてぇ? 私は深月でも構わねぇけど?」なんて嘯いた。
「そ、それ……お昼も言いました!」
「深月は私に喰われんの……嫌?」
やけに真摯な瞳が僕の双眸を射抜いて、親指と人差し指で顎をクイッと持ち上げられるからドキドキしてしまう。
「い、嫌じゃ……ないです、けど……」
小声でぼそぼそ喋ったら、また将継さんが僕の唇を塞ごうと顔を眼前に寄せてくるから(キスされる!)とギュッと目を閉じたら――。
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