52.大人の事情【Side:十六夜 深月】

3/5

672人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
「社長戻りましたー」  一人の従業員が事務所の扉を勢いよく開けて入ってきて、僕たちの光景を見て固まった。 「……ああ、大滝(おおたき)か。早かったな。お疲れさん」 「あの……社長、ひょっとして見ちゃいけないモン見ちゃいましたか? でも、俺、口は固いんで安心してください。――彼は?」  僕はまた新たなる刺客に盛大にキョドり倒していると、将継さんは僕の頭にポンッと手のひらを載せて、何も動揺を見せずに大滝さん、という方に向き直った。 「ちぃーと、私の大切な子でな。十六夜(いざよい)深月(みづき)っちゅーんだ。訳あって私が面倒みてるんだが、会社に置こうと思ってる。まぁ、大滝になら隠し立てするつもりもねぇから、いま見たことは自由に解釈してくれ」 「了解です。十六夜くん、よろしく」 「よ、よろしくお願いします! みなさんのお邪魔にならないように、頑張ります……」 「むさくるしい男所帯に十六夜くんみたいな美青年がいたら、たちまちみんなの華になるよ」  〝華になる〟とは言われたものの、将継さんの外聞(がいぶん)を悪くするんじゃ……と、そわそわしていると、大滝さんは慈しむように僕を見つめてきた。 「社長、奥さん亡くして何だかんだ心配してたんですけど、十六夜くんみたいな子がいるなら安心しました。社長も幸せになってくださいね? じゃあ俺はタイムカード押させてもらって帰ります。社長、お疲れ様でした」 「ああ。大滝、有難う(あんがと)な。また来週」  ぺこりと会釈して去って言った大滝さんを見つめつつ、僕は「あの……将継さん、大丈夫ですか?」と思わず声を掛けていた。 「大滝は会社(うち)ん中でも古株で信頼出来るイイ奴なんだ。深月が心配するこたぁなんもねぇから。ちぃーと早いが私たちもそろそろ帰るか? 深月、慣れないことして疲れちまっただろ? 明日から土日で休みだし深月との時間たくさん取れる。深月も病み上がりだし、今週は色々あったからゆっくり二人の時間満喫しような? どっか出掛けるのもいいな」 (ゆっくり二人の時間満喫……!)  僕はまた不埒(ふらち)なことを考えそうになって、ぶんぶんっとかぶりを振って邪念を放り出そうと努めるけれど。  彼のそばで大人になりつつあり、大人なりの恋人らしい欲求が生まれているのかと思うと、何だか照れくさいとともに、その相手が将継さんであることが心の底から嬉しかった。 (母さんにも認めてもらえたし、今すごく幸せだ……)  先生のことや、将継さんと相良(さがら)さんの問題は山積みだけど、僕はこんな幸せがずっと続いて欲しかった。
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

672人が本棚に入れています
本棚に追加