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「社長戻りましたー」
一人の従業員が事務所の扉を勢いよく開けて入ってきて、僕たちの光景を見て固まった。
「……ああ、大滝か。早かったな。お疲れさん」
「あの……社長、ひょっとして見ちゃいけないモン見ちゃいましたか? でも、俺、口は固いんで安心してください。――彼は?」
僕はまた新たなる刺客に盛大にキョドり倒していると、将継さんは僕の頭にポンッと手のひらを載せて、何も動揺を見せずに大滝さん、という方に向き直った。
「ちぃーと、私の大切な子でな。十六夜深月っちゅーんだ。訳あって私が面倒みてるんだが、会社に置こうと思ってる。まぁ、大滝になら隠し立てするつもりもねぇから、いま見たことは自由に解釈してくれ」
「了解です。十六夜くん、よろしく」
「よ、よろしくお願いします! みなさんのお邪魔にならないように、頑張ります……」
「むさくるしい男所帯に十六夜くんみたいな美青年がいたら、たちまちみんなの華になるよ」
〝華になる〟とは言われたものの、将継さんの外聞を悪くするんじゃ……と、そわそわしていると、大滝さんは慈しむように僕を見つめてきた。
「社長、奥さん亡くして何だかんだ心配してたんですけど、十六夜くんみたいな子がいるなら安心しました。社長も幸せになってくださいね? じゃあ俺はタイムカード押させてもらって帰ります。社長、お疲れ様でした」
「ああ。大滝、有難うな。また来週」
ぺこりと会釈して去って言った大滝さんを見つめつつ、僕は「あの……将継さん、大丈夫ですか?」と思わず声を掛けていた。
「大滝は会社ん中でも古株で信頼出来るイイ奴なんだ。深月が心配するこたぁなんもねぇから。ちぃーと早いが私たちもそろそろ帰るか? 深月、慣れないことして疲れちまっただろ? 明日から土日で休みだし深月との時間たくさん取れる。深月も病み上がりだし、今週は色々あったからゆっくり二人の時間満喫しような? どっか出掛けるのもいいな」
(ゆっくり二人の時間満喫……!)
僕はまた不埒なことを考えそうになって、ぶんぶんっとかぶりを振って邪念を放り出そうと努めるけれど。
彼のそばで大人になりつつあり、大人なりの恋人らしい欲求が生まれているのかと思うと、何だか照れくさいとともに、その相手が将継さんであることが心の底から嬉しかった。
(母さんにも認めてもらえたし、今すごく幸せだ……)
先生のことや、将継さんと相良さんの問題は山積みだけど、僕はこんな幸せがずっと続いて欲しかった。
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