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「深月、何食いてぇ?」
職場を後にした僕たちは、また夕食の材料を調達しにスーパーに来ていて、僕は率先してショッピングカートを押していたのだけれど。
やはり、この質問に答えることはまだ躊躇してしまう。
何せお金をすべて将継さんに支払ってもらうのに、会社に出ることによって(しかも役立たず)家事も出来なくなっている今、何も恩返しが出来ないのだ。
「ま、将継さんの食べたいもので……! 僕なんかは本当にもう……猫まんまで十分です!」
言ったら彼はぶはっと吹き出して「恋人に猫まんま食わせる彼氏がいると思うか?」と喉奥で笑った。
「か、彼氏……ですか!?」
「深月は可愛い可愛い私の彼女だからな。なんでもしてやりてぇんだわ」
(確かに僕は将継さんにもらわれる側だから彼女かもしれないけど……恥ずかしいっ!)
一人で照れまくっていると将継さんはウキウキしながら「ほら、深月。何食いてぇのかちゃんと教えて? じゃねぇと深月喰っちまうぞ?」と耳元に囁いてくるから。
(今日の将継さん、それ多くない!?)
……と思いつつも、なるべくお金を使わせないように「あ、えっと……じゃあ、オムライス……」と俯きながら小声で喋ったら、彼は嬉しそうに「了解」と僕の頭に手のひらを載せてきた。
と――。
そこでポケットの中でスマートフォンが着信の振動を踊らせているので取り出してみると、ディスプレイには『母さん』と表示されていた。
「将継さん……母さん、から電話です。ちょっと、出ますね?」
言ったら、将継さんは少しだけぴくりと眉を動かしたけれど、「ああ」と微笑んでくれたので、僕は受話器マークをタップして「もしもし? 母さん?」と応答した。
『深月、さっきはありがとうね? 長谷川さんとっても良い方で母さん凄く安心した。――それで、ね。ちょっとお願いがあるんだけど、長谷川さんの連絡先って訊ける?』
「……え? 何で?」
母さんと将継さんは今日ちゃんと話し合ってすべて丸く収まったのに、どうしてまた将継さんの連絡先が必要なんだろう?
『これから深月を支えてもらう大切な人だから、改めて大人同士、深月抜きでもお礼や深月の様子を聞いていきたいの』
「……そっか、ちょっと待って。将継さんに代わるから」
僕は将継さんにスマートフォンを差し出しながら、「将継さん、母さんが……将継さんの連絡先を訊きたいって言ってます。代わって、もらっても良いですか?」と訊ねると彼は僕から携帯を受け取って「先程はどうも――」と話しを始めた。
僕はその間にオムライスの材料を取りに行こうとその場を離れたので、母さんと将継さんの会話を聞くことはなかったけれど、大事な母さんと大事な将継さんが親交を深めてくれることが純粋に嬉しかった。
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