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53.十六夜 華月という女【Side:長谷川 将継】
『長谷川さん、今うちの子は貴方のそばに?』
深月から差し出された電話を受け取るなり、そう問いかけて息子から距離をあけて欲しいと小声で指示してきた深月の母親に、私は違和感を覚えずにはいられない。
だが私が動くまでもなく、何か買いたいものでも出来たんだろう。
深月が身振り手振りと口パクで『ちょっとあっちに行って来ますね』と私のそばを離れてくれたので、他の買い物客の邪魔にならないよう、端に寄ってそのまま通話を続けた。
「深月なら今、少し離れた場所にいます。……で?」
通話先の相手は深月の生みの親ではあるけれど、何となく胡散臭い女だと言う思いが強まった私は、深月がそばにいないこともあって、自然声質を固く尖らせる。
何の用ですか?と丁寧に問い掛けるのも億劫に思えて〝で?〟の一言に気持ちを集約すると、電話口でクスッと笑う声が聴こえてきた。
『将継さんってば、何だか深月と一緒にいる時とは別人みたいな冷たい物言いをなさるんですね。ご存知とは思いますけど……こう見えても私、深月の母親ですのよ?』
急に〝長谷川さん〟から〝将継さん〟と下の名で呼ばれたことに不快感を覚えながら、まるで母親と言うより〝女〟だなと思う。
彼女のこういうところがきっと、私を不快にさせるのだ。
深月を守ることもなく、深月に危害を加えた男と一緒に暮らし続けている女に対して、元よりいい感情などあるわけもないのに、その抵抗感を助長するような真似をするのは正直やめてもらいたい。
この女が言ったように、腐っても彼女は深月の母親なのだ。
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