672人が本棚に入れています
本棚に追加
/370ページ
咲江の母親から〝将継さん〟と呼び掛けられて、〝どうか娘をよろしくお願いします〟と頭を下げられた時には感じなかった不愉快さが、深月の母親にはこみ上げてくるのはきっとそう言う諸々のせいだ。
子供の伴侶になると宣言した相手を、義理の子として認識するのは一般的なことだとは思う。
思うのだが――。
私自身がまだ深月の母親のことを〝自分の義母〟だと認められていないことが大きいのかも知れない。
そんなことをつらつらと思いながらも、私は「下の名で呼ぶのはやめてもらえますか?」という言葉を寸でのところで何とかグッとこらえた。
私の認識はどうであれ、相手が私を〝義理の息子〟だと感じてくれているならば、それを否定するのは無粋だと思ったからだ。
『それでね、将継さん。私、あの子には内緒で貴方と二人きりでお会いして話したいことがあるんです。なるべく早急にお時間を取って頂けません?』
「ちょっと待ってください、十六夜さん。何で私が――」
『華月、です』
――何で私が貴女と二人きりで会う必要があるんですか?と問おうとした私の言葉を断ち切って、電話先の女がいきなりそう言ってきたから、正直私には彼女が口にした『華月』という単語が何のことか分からなかった。
「え?」
『もう、お分かりにならない? 私の名前ですわ。ほら、十六夜さん、だなんて呼び方は何だか他人行儀でしょう? 貴方は私の可愛い息子になるんですから、遠慮なく……ね?』
思わず間の抜けた声を発した私に、華月と名乗った女がクスッと笑う。
だったら〝お義母さん〟と呼ばせるのが普通だろ?と思った私だったが、じゃあそう呼べるか?と聞かれたらそれにも正直抵抗があった。
私は迷った末に「では華月さん」と呼び掛けてから、「単刀直入にお伺いします。――何故私と貴女が二人きりで会う必要があるのでしょう?」と、先ほど彼女にさえぎられて言えなかった言葉を改めて紡いだ。
『もう。察しが悪いですわ、将継さん。そんなの、深月には憚られて話せないことを伝えたいからに決まってるじゃありませんか』
最初のコメントを投稿しよう!