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07.戸惑い【Side:十六夜 深月】
手の平にある革細工の猫のキーホールダーが付いた合鍵を目の前にかざしてみると、まだ三月の肌寒い季節とはいえ、射し込んだ日差しが鍵に反射した。
(これ、どうしたらいいんだろう……)
見ず知らずの初対面の歳上の男性に、まともなご飯を食べさせてもらって、先立たれたらしい奥さんの仏壇に手まで合わせて、たくさん頭を撫でられて。
更には、僕とまたご飯が食べたいなんて言われる始末。
こんな、ろくに会話もままならない不愛想な僕とまた食事を共にしたいだなんて、彼――長谷川さんはどこまでも変わり者で。
朝食を共にして、昨夜の居酒屋まで徒歩十分圏内らしかった彼の家から一緒に歩き、最寄りのバス停で別れた。
僕は今、長谷川さんに借りた黒の細身のチノパンと、白のシンプルなカシミヤのセーターに、黒のチェスターコートを身に纏ってバス停の前に立っている。
チノパンのサイズは問題ないけれど、セーターとコートは僕の痩せっぽちな身体には若干ブカブカで萌え袖状態になっているのが何だか恥ずかしい。
バス停までの道のりで、僕は長谷川さんの一歩後ろにくっついて一緒に歩いてきたのだけれど、彼はよく喋る。
僕が一言返事をすると、倍の言葉が口から滑り出すのだ。
でも――。
それが不思議と嫌じゃなくて、彼のペースにどんどん流されるのが、自己意識が薄い僕には何だか新鮮で。
(だからって、これはなぁ……)
再び、手の平の合鍵を見つめる。
こんな大事なものをよく知りもしない僕に預けるなんて、本当にどこまで変わった人なんだろう。
考え事をしていたら、遠目にバスがやってくるのが見えて、僕はその鍵をしっかりと守らねばとコートのポケットにそっと潜り込ませた。
長谷川さんには病院に行くとだけ伝えたけれど、どんな疾患で何科に罹っているのかまでは言えなかった。
僕の話は何も出来ていない。
(こんな不審者丸出しの僕に何で優しくしてくれるんだろ……)
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