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母さんの言葉を頭の中で反芻させながら、僕は涙すら止められないままに家を出ると、玄関付近まで息を切らせて戻ってきていた相良さんが、「深月ちゃん!?」と声を掛けてきた。
「どうした!? 何かあったんか!? 何でそんな泣いてんだよ!? 長谷川にいじめられたんなら俺がぶっ飛ばしてやるから話してみ?」
「……相良さん。僕、もう母さんも将継さんとも……そばにいられなくなりました……。将継さんに、本当にちゃんと、好きだったって伝えてください……」
「ちょっ! 深月ちゃん!」
相良さんが呼び止めてくれたけれど、僕はもう振り向くことなくその場から逃げるように走り出していた。
(母さんがあんなことを思ってて、将継さんに取り立てるような真似をして……そんな息子の僕も疑われたかもしれない……)
僕が心を許せる掛け替えのない大好きな人たちを、こんなふうに一度にすべてを失うなんて思ってもいなかった。
(役立ずな僕はもう母さんとも将継さんとも会う資格がない……)
ぐずぐずと鼻を啜り、泣きながら(どこ行こう……母さんもうアパート解約しちゃったかな……)と考えながら鉛でもついているかのように重い歩を進める。
ここからアパートまではタクシーで二千円くらいで到着出来るけれど、財布の中を確認すると、先程将継さんが握らせてくれた一万円と、僕の所持金が六千円だけ。
将継さんのお金は使いたくなかったし、口座には数万円しかなかったはずだから、これから一人で生きていくならバイトが見つかるまで節約必須だ。
そう考えながら僕は泣き腫らしたままアパートへ向かった。
***
アパートに着いてポストを探ってみても鍵がない。
(やっぱり母さんもう解約しちゃった……?)
そう思いつつも階段を登って二〇二号室のドアノブを開けると鍵が開いていて、何事だろうかとそわそわしながら扉を開けてみると――。
「……え? 石矢……さん?」
玄関を開けた瞬間石矢さんが僕を待ちわびていたように立ち塞がっていてびっくりしてしまう。
「……石矢さん、何で……僕の家に……」
あまりの距離の近さに、あの日殴られた記憶や〝欠陥品〟と罵られた記憶がまざまざと蘇ってきて――。
「み、深月さん! これには訳があって! 俺、社長のこと――」
「嫌だ! 嫌、です! 殴らないで!」
僕の言葉に石矢さんが何か必死に言葉を言い募ろうとしていたけれど、僕はもう恐怖に震えながらアパートを出て階段を駆け降りた。
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