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アパートにもどこにも居場所がなくなってしまって、泣き顔を見られたくないみたいに俯いて、トボトボと土地勘もよくわからない場所を歩いていると雨が降ってきた。
(また雨……風邪治ったばっかなのにな……)
どこかで雨宿りする気にもなれなくて、雨なのかも涙なのかもわからずに顔をぐしゃぐしゃにして、目的もなく歩き続ける僕は完全に不審者丸出しだろう。
泣いても泣いても涙が止まらなくて、このまま雨と一緒に溶けてしまえたら、全部忘れられてしまえたらいいとすら思う。
と――。
そこで不意に、雨が止んだ。
「お兄ちゃん、傘ないの?」
霞む視線を転じたら、パッと見普通のサラリーマンのような男性が僕に声を掛けてきて傘を差し出しながら、「泣いてる? 自暴自棄って感じだね」と微笑んだ。
「別に……なんでもありません……」
「お兄ちゃんの鬱屈した気持ち、俺が晴らしてあげようか? その様子だと帰る家も頼れる人もないって感じかな? 自暴自棄ついでに俺についてこない?」
「け、結構です……」
身を縮こませると、男性は僕の腕を引いた。
「ほら、俺のところに来ればいい。何もかも忘れさせてやるよ?」
「もう僕……何も考えられないように……壊してくれますか? 殺してくれますか?」
「殺しはしないよ。ただ、お望みなら壊してあげられるけど?」
もう、母さんにも将継さんにも、どこにも行き場がない僕を壊して、何も考えられなくさせてくれるのならいいのかもしれない。
僕は掴まれた腕に引かれるまま、一歩足を踏み出した。
耳をつんざく雨音が僕の頭の警鐘を鳴らすけれど――。
(もう誰もいないんだからどうだっていいや……)
男性が傾けてくれた傘で頭上から降り注いでいた雨は遮られたけれど、瞳から流れるもっともっと激しい雨は止まる気配はなかった。
(将継さん……僕は「あなたのことが」本気で好きでした)
でも、もう会えないから、壊れることを許してください。
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