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「ねぇ、いつまで泣いてるの? そこのホテルでいいかな?」
(ホテル……)
僕はこれからこの人に抱かれて何もかも忘れられて、将継さんのことも裏切って嫌われるんだ。
いや――。
もう嫌われているだろう。
母さんがあんなことをしたのは、僕と結託して将継さんからお金を巻き上げるためにそばにいたんだって思われているに違いない。
「キミ、名前は何て言うの?」
「十六夜……深月です……」
「深月くんか。気に入ったら僕の部屋で飼ってあげてもいいよ? 行くところないんでしょ?」
コクリと頷いたら、彼は僕の顔を覗き込んで大きく溜め息を落として「ねぇ、そろそろ泣き止まない? キミが望んだことだよ?」と眉根を寄せてきた。
(将継さん……これで忘れられるかな……壊れてしまえるかな……将継さんを好きだった気持ちも全部……)
そう考えたら、また頬にぼろりと大粒の涙が落ちて、壊れてしまいたいのに、将継さんが好きな気持ちばかりが溢れ出す。
身体は壊れるかもしれないけれど、将継さんを好きな気持ちが壊れることはあるのだろうか(こんなにも、こんなにも好きなのに……)と涙が止まらない。
それとも、彼に捧げるはずだった身体が壊れたら、心も吹っ切ることが出来るだろうか……もう彼に捧げる綺麗な身体じゃなくなってしまうんだから。
(そもそも……僕は最初から綺麗な身体なんかじゃなかった……義父に穢された汚い身体だったんだ……)
それでも将継さんは、何か尊いもののように僕を扱ってくれたから、だからこんなにも好きになってしまっていたんだ。
「ほら? 中に入ろう?」
男性が傘を畳みながら僕をホテルのエントランスに促すから、また小さく頷いて一歩足を踏み出したら。
後ろから、手首をギュッと掴まれた――。
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