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55.掴んだまま離せない手【Side:石矢 恭司(鷹槻れん)】
「この人、俺の知り合いなんで手ぇ離してもらえますか?」
そう声を掛けるより先、俺は咄嗟に深月さんの手首をグッと握って、彼がホテルへ連れ込まれそうになるのを止めていた。
だって〝部屋で飼う〟とか〝壊してやってもいい〟とか……どう考えても普通じゃないだろ?
深月さんは見た目もそこいらの女なんかより遥かに綺麗な顔立ちをしている。そのうえ掴んだ手も男の割に華奢だったから、俺は妙に落ち着かない気持ちになった。
手首を捕らえたまま自分の方へ引き寄せた線の細い身体は、雨に濡れそぼっていて恐ろしいほど冷たくて――。深月さんの家から拝借してきた傘の下へ雨粒から庇うように入れてみたけれど、今更かも知れない。
本音を言えば、俺は金輪際深月さんの身体には指先一本、髪の毛一筋に至るまで触れまいと心に誓っていた。
もちろん、相良さん――カシラ――から据えられた灸が骨身に沁みているというのもある。
だが、それとは別。俺はこんな俺でもそばに置いて仕事を与えてくれたカシラを、とにかくガッカリさせたくないのだ。
チョロいと言われればそれまでだが、長谷川建設で社長に対して抱いていた感情が、今ではすっかりカシラの方へ向いてしまっている。
だが、今は緊急事態だ。
誓いを破ったことは大目にみて欲しい。
「はぁ? 俺たちのこれ、お互い同意の上なんだけど? お兄さんこそいきなり出てきて何様のつもり?」
突然上物の獲物を掻っ攫われそうになったんだ。
まぁ普通そう言う反応になるよな。
けど生憎この人は俺の大切な人たちが必死に守ろうとしてる相手なんだ。悪けどアンタには渡せねぇから。素直に諦めてくれる?
そんなニュアンスを込めて「あ? さっき説明したよな? テメェこそ聞こえなかったのかよ?」と声に怒気を含めて低めれば、さすがに堅気とは一線を画した身。以前にも増して凄みが出せていたらしい。
男は慌てたように俺たちからパッと距離を取ると、傘を投げ出して一目散に逃げだしてしまう。
「あっ、オイ! 傘っ!」
言ったけど「差し上げます!」とか何とかわけの分かんねぇことを言って、男は雨に煙る街の中へ消えていった。
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すみません!コメントを受け付けない設定にしたままでした💦
解除してます。
ちろる
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