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「で、深月さん。……あんなワケ分かんねぇ男について行こうとして……一体どういうつもりですか?」
つい今しがた、勝手に潜伏させてもらっていた深月さんのアパートでたまたま鉢合わせたとき、彼の様子がおかしかったから。
自分が葛西組の人間に見つかるかも知んねぇとか諸々度外視して慌てて追いかけてきてしまった。
だがそれで良かったと思う。
深月さんは、あろうことか変な男にホテルへ連れ込まれそうになっていたからだ。
こんなの、長谷川さんも相良さんも望んじゃいない展開だというのは、何が起こってこうなったのかよく分かんねぇ俺にだって容易に理解できる。
いきなり横から恐怖の対象でしかない俺に腕を掴まれて、あまつさえ相手の男を牽制するためとはいえ、いかにもヤクザ者と言った体で脅しをかけた俺に、深月さんはすくんでしまって声も出せなかったらしい。
可哀想なくらいギュッと身体を縮こまらせて震えていた。
「ね、深月さん、俺の声、ちゃんと聞こえてます?」
心ここにあらずに見える深月さんにそう問いかけたら、ビクッと身体を跳ねさせて、
「い、しやさっ……僕、もぉ逃げない、から……。お願っ、手、離してっ……」
とか。
深月さんが、まるで殴られることを回避したいみたいに俺に持たれていない方の手を懸命に己の前にかざす姿を見て、俺は小さく吐息を落とした。
まぁ、深月さんには相当酷いことをした自覚はあるし、そういう反応になるのも仕方ねぇよな。
けど――。
「あのさ。前に散々酷いことをした俺が言っても説得力ないでしょうけど……もう絶対殴ったりしねぇから少し落ち着いてくれませんかね? 長谷川さんと好い仲だったはずの深月さんが何でンな風に自棄になってんのかとか……正直今の俺にはよく分かんねぇっすけど。……あんなどこの馬の骨とも知れねー男について行こうとしてたくらいだ。……最悪俺と一緒にいるのもちょっとの間くらい我慢できるでしょう?」
言って、わざと視線を逃がさないみたいにじっと見詰めれば、深月さんは獲物に追い詰められて動けない小動物みたいな落ち着かない表情で俺を見返してきた。
(あー、これ。あんま、考える余地は与えねぇ方がいいな)
俺と二人きりと言うこの状況にこの人が怯えているというならば、その感覚が深月さんの中を支配している内に一気に畳み掛けた方がいい。
そう判断した俺はちょっとだけ思案して「とりあえず雨も酷いですし……どっかの店に入りましょうか」と、わざと深月さんの手首を捕まえる手にほんのちょっとだけ力を込めて逃げられませんよ?と示唆しながらそう提案した。
本当は深月さんのアパートに移動するなり何なりして、彼の濡れそぼった服と冷え切った身体を何とかしてやるのが最善策だとは分かっている。
だけど――。
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