55.掴んだまま離せない手【Side:石矢 恭司(鷹槻れん)】

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 もちろんそんなことをすれば深月(みづき)さんへの暴行を認めるより罪が重くなるだろう。  何より俺の場合、人殺し(そういうこと)自体再犯だ。  前のは痴情のもつれからの不同意性交等致死傷罪ってやつだったが、今回のは俺自身と久留米(くるめ)との間には何の接点もない分、罪はもっと重くなるかも知れない。  まぁ深月さんというファクターを通せば全く繋がりがないわけじゃないが、俺自身が久留米に殺したいほどの激情を抱くほどの関わりがあるかと聞かれればそんなことないし、傍目(はため)には俺の動因は理解不能だろう。 (また自分勝手な動機だとか……俺のことをよく知りもしねぇ連中に好き放題言われちまうんだろうな)  それは(しゃく)にさわるが、だからと言ってただとマテをしていられるほど、俺は出来た人間じゃなかった。  カシラからは下っ端なりに葛西組(そしき)の一員としての心構えを叩きこまれてはいたけれど、俺はそういうのを全部反故(ほご)にしてでも二人の役に立ちたいと思ってしまったのだ。  見つかれば相当叱られるだろうし、下手すれば破門、もっと酷けりゃ絶縁を言い渡されてしまうだろう。  破門なら改悛(かいしゅん)の情が認められれば組に戻してもらえるが、絶縁だとこういう裏渡世(うらとせい)自体から完全に締め出されてしまう。  まぁ、再犯になる以上(へい)の外へ出ること自体無理になる可能性は高いけれど、もし何十年かして娑婆(そと)へ出られた場合、絶縁は俺のような人間にはキツイかも知れない。  それでも、俺はそう言うのを全部背負う覚悟で世話になっている葛西組(かさいぐみ)から姿を消したのだ。  潜伏先(せんぷくさき)は前に行ったことのある深月さんのアパートにしようと最初から決めていた。  あそこなら鍵の在処(ありか)も知っていたし、あんなに色々あったあと、あの長谷川(はせがわ)さんが深月さんをアパートに戻すわけがないと思っていたからだ。 ***  俺の言葉に、だけど深月さんはあっさりとは流されてくれないみたいで、「けど……」と瞳を揺らせて握られた手を振り(ほど)こうとしてくるから。 「けど、何っすか? もしかして深月さんのアパートに戻って、俺と部屋ん中で二人きりになる方がいいってわけじゃないでしょう?」  けど……の後に続くであろう言葉をあえて言わせなかったのは、それを聞いたら何となくこっちの決心が鈍りそうに思えたからだ。  深月さんがここまで自暴自棄になっているのだ。  きっとそれなりの理由(わけ)があってのことだろう。  下手に話を聞いちまったら、俺は深月さんの事情まで(かんが)みなくちゃいけなくなる。  深月さんには酷かも知んねぇけど、そう言うのは度外視してカシラと長谷川さんの利益優先でことを運びたいと思ったのだ。
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