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56.プレゼント【Side:十六夜 深月】
石矢さんに喫茶店に誘導してもらって、濡れた服は肌に張り付いて気持ちが悪かったけれど、せっかく頼んでくれたコーヒーに手を付けないのも気が引けて、砂糖を四匙いれてクルクルとティースプーンで液体をぼんやりと掻き回す。
(僕……これから石矢さんとどうすればいいんだろう……)
絶対に殴らないとは言われたけれど、こうもぴたっと身体を寄せられていては、逃げることも出来ない。
「石矢さん……何も、聞かないん、ですか?」
思い出しただけでまたうるうると瞳が滲みそうにもなるし、先程の男性に壊してもらうことも出来ずに現実ばかりが募って苦しくて仕方がないけれど。
「それは俺じゃなくて長谷川さんの仕事ですから。直にカシラと長谷川さんが来てくれると思うんで、もう少し俺と二人で耐えてください」
「将継さん……と、カシラ……?」
将継さんにはどんな顔をして会えばいいのかわからないし、――カシラ――とは誰だろう……知らない人に会うのは怖い。
「僕……やっぱり帰り、たい……」
言ったら、石矢さんは怒気を孕んだ声で「深月さん」と静かに僕を制するので肩がびくっと震えてしまう。
「何があったのか、何で長谷川さんと会いたくないのかは知りませんけど、逃げてたって仕方がないでしょう? 帰るってどこに? カシラは深月さんも知っている人だから怖くありません。――まぁ、俺は怖いんすけど」
と――。
喫茶店の扉が開いて、将継さんと相良さんが入ってくるのが見えて、僕は二人にいまさら何を話せばいいのかと、図らずも石矢さんの陰に隠れてしまう。
そこで石矢さんはやっと僕の手を放してくれた。
すぐに将継さんが「深月!」と血相を変えて、幸い(なのだろうか?)四人掛けの席へ近付いてきて、すぐに石矢さんを立たせて僕の隣りに座って手を握ってきた。
「深月、どこ行ってたんだよ!? こんなびしょ濡れで……心配させんなよ……頼むから私の目の届かないところへ行かないでくれ……」
「将継さん、僕……」
再び瞳を滲ませたら、石矢さんが淡々とした声で「長谷川さん。何があったかわかりませんけど……深月さん、どこの誰かも知らない男とホテルに入ろうとしてて、俺が捕まえたんです」と静かに事情をかいつまむと、将継さんは目を見開いた。
「ホテルって……深月……」
将継さんの沈痛な面持ちを、僕は正視出来なかった。
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