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とりあえず僕と将継さんが隣りに、対面に相良さんと石矢さんが席に座って、相良さんは小さく吐息を落としてから口を開いた。
「長谷川と深月ちゃんの話は二人っきりの時にしてもらうとして……石矢、テメェは今まで何をしてたんだ? あ?」
相良さんの見たこともない背筋がゾッと慄くような一オクターブ低められた声音と視線に釘付けになっていると、石矢さんは「すみません!」と周りを気にしながら頭を下げた。
(カシラって相良さん……?)
「俺、カシラと長谷川さんの役に立ちたくて……俺一人で久留米を仕留めちまおうと思って……勝手に動いてすみませんでした」
「何が仕留めるだ。俺は奴を殺して楽にしてやろうなんて気はさらさらねぇんだよ。勝手な行動は控えやがれ。――でも、ま。深月ちゃんを助けたことだけは褒めてやる」
そこで相良さんは僕に視線を向けてきて、少し怯んだけれど、その表情はもういつもの飄々とした彼だったから、恐る恐る目を合わせる。
「深月ちゃん、びっくりさせちまったな。俺は葛西組で若頭なんてモンを張っててな。石矢は俺の舎弟なんだ。武川から深月ちゃんのこと聞けたりしたのも、ちぃーとそういう事情があったんだよ。怖がらせちまってごめんな? ま、長谷川の腐れ縁ってのは本当だから、出来れば深月ちゃんには今までどおり長谷川のオトモダチとして接してくれりゃぁ嬉しい。――これからも顔合わせることになると思うし?」
それだけ告げると、相良さんは石矢さんの首根っこを掴んで立たせ「オラ、説教は組に帰ってゆっくりするから来い。長谷川と深月ちゃん二人っきりにさせてやりてぇから帰んぞ」とテーブルを離れようとしたところで――。
石矢さんはポケットの財布から千円札を一枚置いて、「深月さん、コーヒー代です。逃げてばかりじゃ駄目ですよ?」と一言呟いた。
それを見た将継さんが「相良、石矢は本当によく育ってるみてぇだな。今回のことはマジで恩に着る」と頭を下げた。
「気にすんな。今は深月ちゃんのフォローに全力を注ぐのがお前の仕事だろ? じゃあな。ホラ、石矢、とっとと行くぞ」
相良さんと石矢さんが店を出て行って、将継さんと僕の間には一瞬沈黙が訪れたけれど、将継さんは優しい声で「私たちも帰ろうな? 深月」と雨と涙で頬に張り付いた髪を一筋一筋払ってくれた。
「僕……帰っても、いいですか……?」
「帰ってきてくんねぇなら、今ここでキスするけど……いい?」
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