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感慨に耽ってしまった僕の意識を引くように、将継さんは正面から僕を抱きしめてきて、心音を重ねるみたいに何も喋らないから。
なんだかほこほこと重なった心が温かくなってきて、まなじりはわけもなく緩んで、将継さんは「深月?」と顔を覗き込んできた。
「辛いよな……私が深月の辛い気持ち、どうしたら癒してやれるかわからねぇんだ。ホント、大人なのに情けねぇ」
「……違うんです。なんか、嬉しくなって。将継さんのそばに、いたら......それだけで心がふわふわってして。......将継さんに出会って僕は変わった。以前のままの僕なら……きっと母さんのあんな本心を知ったら......もっともっと絶望して、ました。こんな風に、話せなかったと思います。でも......将継さんがそばにいてくれるから、立ってられる、んです」
「私は深月がそばで笑ってくれるだけで幸せなんだ。最近たくさん笑顔見せてくれるようになって、すげぇー嬉しいんだけどわかってる?」
将継さんの笑みが満面に広がって、僕もそれを見るだけで誰よりも何よりも幸せな気持ちになれる――前よりも今よりもこれからの方がもっと強い気持ちになれる、そう思った。
「将継さんに……どうしたら『好き』が……ちゃんと伝わるかわからないんです」
「可愛いことを言うな。心配しなくてもちゃんと伝わってる」
その言葉に、またぽつぽつと、急に降り出したフロントガラスにくっついた雨粒みたいに視界が霞みだす。
「だから、泣くなよ」
「だって、嬉しくて……」
「じゃあ泣け」
「意地悪」
将継さんが生命の音を互いの胸で重ねたまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「時間を掛けてゆっくり決めりゃーいいことだけど、深月がもしおふくろさんや義父と縁を切りたいんなら〝分籍〟っちゅって戸籍から抜けることも出来る。もし希望なら、長谷川 深月にもなれる。今は私のそばでなんも考えなくなくていい。ゆっくり気持ちの整理しような? ――昨日のオムライスの余りのもも肉で親子丼の用意出来てる。飯にしようか」
僕は――。
僕は立ち上がった将継さんの腕を無意識にギュッと掴んでいた。
「深月?」
「……まだ、離れないで……ください……。まだ、そばにいて……? ワガママ……ですか?」
甘え方も愛され方も、全部将継さんに教わったから、その培わせてくれた力、ちょっとだけ使っちゃ駄目かな?
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