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57.最優先事項【Side:長谷川 将継】
脱衣所に出て身体を拭いている最中のことだった。
洗面化粧台の上に置いていた携帯を何気なく見遣った私は、相良からの着信に気が付いた。
「もしもし?」
濡れた身体のまま応答してみたところ、『例のカウンセラーが行方不明だ』と告げられて、私は思わず大きな声を出してしまう。
「は? どういうことだよ!?」
脱衣所の中。
思いのほか大きく響いた自分の声に、深月は今どこにいるんだろう?と考える。
もし彼が台所にいたとしたら、脱衣所とは薄い扉を一枚隔てただけ。
深月が、彼自身に宛がっている部屋にいたとしても壁一枚しかない。
リビングに居てくれれば台所を間に挟む分リーチが出来るのだが……果たして?
「相良、悪いけどちょっと待っててくれ」
電話口、相良に断りを入れながら、そっと脱衣所の扉を薄めに開けて外を見たが、どうやら深月がキッチンにいる気配はない。
私はそっと脱衣所の扉を締め直すと、大事を取って風呂場へ戻った。そうしておいて、シャワーヘッドを壁に向けてコックをひねる。
シャーと言う水音にかき消させるようにしながら、「待たせたな。詳しく話せ」と相良をせき立てた。
自分が、用意が整うまで相良を待たせていたくせに、それを棚上げして性急さを求めるような言い方になったからだろう。
『まぁ落ち着け』
至極のんびりとした声で相良が言った。
だが、長い付き合いだ。相良が努めてゆっくりとした口調で話す時ほど、ろくなことはないと心得ている。
『今日さ、石矢が逃げ出した深月ちゃんを捕まえてくれただろ?』
「ああ」
『あれ、久留米の野郎を呼び出して殺すつもりで深月ちゃんの部屋に潜伏してた結果だったって……あいつ、話してたよな?』
深月のことに気を取られていて、しっかり耳を傾けていたわけじゃないが、言われてみれば確かにそんなことを言っていた気がする。
「ああ。――で? それがどうかしたのか?」
『だから……多分石矢が深月ちゃんを追いかけてる間に来たんだよ、約束通り深月ちゃんの部屋に久留米が』
「え?」
『石矢のヤローも予期せぬ事態に慌ててアパートを出ただろ? あのあと気になってうちの者を深月ちゃんのアパートに行かせたらさ……』
そこで相良が言いにくそうに言葉を途切れさせる。
「何が……あったんだ……?」
何となく嫌な予感に思わずゴクリと生唾を飲み込めば、相良が低音の声で吐き捨てるように言った。
『部屋ん中、酷ぇことになってたんだよ』
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