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「母さん……」
そっと声を掛けたら、母さんはベッドに座って窓の外を見つめていて、僕に気がつくと振り返って少しだけ眉をひそめた。
「ああ……深月。来たの。もう事情聴取も済んで、これから帰るところだったのよ。大した怪我じゃないから」
「え? 日曜日なのに退院出来るの?」
「自動精算機で精算すれば日曜日でも帰れるのよ。こんな怪我、本当なら一泊も必要なかったしね。事が事だったから大袈裟になっただけで」
母さんは頬にガーゼを当てて腕に包帯を巻いている以外に怪我はなさそうだったから、とりあえず安堵の吐息を落とすと――。
「――ところで、深月。昨日母さんを拉致した男は、長谷川さんの差し金?」
「……え?」
「見たこともない男で、お財布を盗まれたから警察では通り魔の押し入り強盗と判断されたけど……あんなタイミングで母さんの前に現れるなんて、もしかしたら長谷川さんの差し金……とか? 警察に保護される前に路上で発見してくれた危なそうな人たちもよくわからないことを言っていたし……。母さんが深月に役立たずとか言ったから、深月が大事で大事でたまらない彼が母さんを陥れたんじゃないの? ――お金の力で、ね。その疑問を警察に話さなかった母さんは深月想いでしょ?」
(そっか……母さんは先生と会ったことないんだった……)
「ち、違う! 母さんを襲ったのは僕のカウンセラーの先生で! 僕のことで問題があって母さんは巻き込まれただけで……将継さんは何も悪くない!」
すると母さんはフッと鼻で笑って、僕に見せたこともないような冷淡な視線を流しながら言い放った。
「深月のカウンセラーが母さんを襲う理由がないでしょ? 適当なことを言って誤魔化さないで。――で? 長谷川さんはいくら用意してくれるって言ったの? 今回のことも警察に話さなかった分、高く見積もってもらわないとね。昨日母さんが言ったこと、もうわかったでしょ? ずっと言えなかったけど、母さんは深月に役に立って欲しいの。ちゃんと長谷川さんに、深月に値段をつけてもらえるように言ってくれる?」
「誤魔化してないよ! 本当に将継さんの差し金なんかじゃない! それに、母さん本気で言ってるの!? 酷いよ! 将継さんにお金を要求するなんて! 僕は売り物じゃない! お金が欲しいんだったら僕が働く! 二度と将継さんからお金を巻き上げようだなんて考えないで!」
「深月がまともに働けるわけないじゃない。だから長谷川さんの職場にまでいたんでしょ? この十年、ろくなバイトしか出来なかったくせに。深月こそ、長谷川さんに身売りでもしたの?」
(身売り……)
その言葉に僕の視界は歪んで定まらなくなって、病室の外に飛び出した。
入口の前で待っていてくれた将継さんが「深月!?」と声を掛けてきたけれど、僕は瞳から涙を散らかして走り出していた。
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