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ロビーまで走ったところで、さすがに一人で外に出るのはさっきの将継さんとの誓いを破ることになる……と思い、椅子に座り込んでいると――。
「深月か……?」
その声は、忘れたくても忘れられない、ずっと僕の脳裏にこびりついて離れないもので、恐る恐る顔を上げたら、そこにはやっぱりアイツがいた。
「久しぶりだな、深月。母さんを迎えにきたんだけど……まさか深月に会えるとは思わなかった。ガキの頃から可愛かったけど、しばらく見ない間に随分別嬪さんになって……見違えたよ」
「義父……さん……」
途端、身体ががたがたと震えだして声も出せずに固まっていると、義父さんは隣りに座って肩を組んでくるから、呼吸が浅くなって吐き気が込み上げる。
「深月、元気にしてたか? 義父さん深月に会えなくてすごく寂しかったし、ずっと会いたかったんだ。いま時間あるか? 母さんに会う前に、ちょっと義父さんに付き合えよな? 外に車がある。積もる話でもしよう」
言って、義父さんは僕の腕を引いて無理矢理立たせてくるけれど、僕は身体の震えが止まらなくて、なすがままにされてしまう。
(このまま車に連れ込まれたら――)
過去のおぞましい記憶が蘇ってくるけれど、身体がいうことを聞いてくれなくて、義父さんに休院時見舞い用の裏出入口へずるずる引きずられる最中、僕は酷い目眩に襲われて、その場にへたり込んでしまった。
「オイ、立てよ。深月。久しぶりに会えたんだ。義父さん深月に話したいことが山ほどある。――な? 早く行こう?」
「や、やだっ……! 嫌だ! やめて義父さん!」
それだけ叫ぶけれどもやはり身体は動かない。
と――。
「深月!」
背後から僕を追いかけてきてくれたらしい将継さんの声が聴こえて、思わず恐怖で涙まで引っ込んでいた瞳が滲んで振り返る。
将継さんの声に安堵すると、やっと身体が動き始めて、僕は義父さんの腕を振り払って将継さんに駆け寄り「将継さん! 助けて!」と彼の胸に飛び込んだ。
「俺の深月に何してやがる?」
「は? お前誰だ? 俺は深月のたった一人の父親だ。〝俺の深月〟って……まさか深月……この男と? 義父さんが仕込んでやったからか? 傑作だな!」
義父さんが大声で笑うと、将継さんが僕を片腕で抱きとめて、もう片方の拳をギュッと握りしめているのを確認した。
と、ともに――。
僕は恐怖と過去の発作で(あ、もうだめだ)と少しだけ吐瀉物を唇から吹きこぼして将継さんの腕の中で意識を失った。
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