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「将継さん! 助けて!」
そう叫んで深月が私の胸に飛び込んできたとき『最悪だ』と思った。
いくら相良から『そうしろ』とアドバイスされていたとはいえ、華月と深月を病室で二人きりにしてしまったことも。
そのせいで部屋から飛び出して行ってしまった深月を捕まえ損ねたことも。
そうして、あろうことか深月と一番会わせてはいけない相手――義父と深月を鉢合わせさせてしまったことも。
全部、私の配慮不足が招いた悲劇に思えた。
いくら膿を出すために必要なことだと相良から説明されていても、自分の不甲斐なさに苛立ちが降り積もって腹の奥底にわだかまる。
深月がクソヤローに何を言われたのか、詳細について今はほとんど分からない。
だが、いずれ碌でもないことを言ったに違いないのだ。私を見たクソヤローが、深月に向けて『自分が仕込んでやった』とか何とか、聞くに忍びない下卑た言葉を投げ掛けてきたことからも、そのことは明白だった。
私の腕の中で嘔吐して気を失った深月を抱く腕に力を込めながら、眼前の男への怒りを抑え切ることが出来そうにないと自認する。
「俺をテメェと一緒にするな、下衆野郎が……」
言いようのない憤ろしさとは裏腹。
目的のためとはいえ大切なものを守り切れなかった罪悪感からだろうか。
私は、まるで全ての感情を麻痺させたいみたいに、腹の底から冷え冷えとしたものが身体中へ伝播していくのを感じずにはいられなかった。
深月を、必要以上に辛い目に遭わせてしまったという不甲斐ない自分への苛立ちが、その感覚を後押しする。
あちこちから好奇の視線が自分たちに集まり始めているのを分かっていながら、私はそんなことどうでもいいとすら思ってしまった。
深月を抱く腕とは反対側、グッと握りしめたままの拳を眼前の男へ力任せに叩き込んだなら、このわけの分からない感情から解放されるだろうか。
そう思って拳を振り上げたと同時――。
クソヤローがまるでそれを待っていたみたいにニヤリと笑ってこちらへ一歩踏み出してきた。
ここでこの男を傷付けたらこちらが不利になるな……と、やけに冷静な目で自分を俯瞰する人格があって。なのにもう一人の自分が、それでもこいつを叩きのめしたいという激情のまま、身体を突き動かそうとしてくる。
眼前の男が、殴られるのを期待しているみたいに逃げようともしないことを鑑みても、罠なのは明白なのに。それが分かっていて、私は〝俺〟を抑え込めない。
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