674人が本棚に入れています
本棚に追加
/371ページ
***
「――そこまでだ、長谷川。よく堪えたな」
と、振り上げたままにしていた私の腕を不意にグッと掴む手があった。
「さ、が……ら?」
「ああ、俺だ。――証拠はバッチリ押さえた。だから……その手を下ろせ」
やけに落ち着いた相良の低音ボイスが、ささくれ立った心を鎮めるみたいに響いてくる。
そもそも深月をこんな目に遭わせる計画を立てたのは他でもない相良なのに、何故私はこんなにも相良を見て安堵してしまうんだろう。
そのことがちょっぴり腹立たしくて、相良の言葉に抵抗したいみたいに腕を動かそうとしてみた。けれど、そんなに力を入れて握られているようには思えないのに、相良に捕らえられている腕は、いくら力を込めてもピクリとも動かせそうになかった。
「あん? 何だ、何だ。威勢が良かった割に、深月のために俺を殴ることもできないのか? その程度の気持ちしかない男を頼るだなんて、深月も見る目がないなぁ!?」
まるで相良に止められた俺を焚き付けたいみたいに、クソヤローが口の端に笑みを浮かべて挑発してくる。
「――さぁ、気が済んだなら俺の可愛い息子を返してもらおうか。心配しなくてもその子のことは父親の俺が一番よく分かっているし、それこそヘタレなアンタが知らないようなことも知り尽くしている。そこいらも含めて家へ帰ったらじっくり慰めてやるつもりだから……さっさと引き渡してもらえないかな?」
この期におよんで、まだ深月を自分の手中に収めようとか、マジで有り得ねぇだろ!
「相良、放せ! やっぱり一発殴ってやらねぇと気が済まねぇ!」
相良に拘束されたままの腕にグッと力を込めてもがけば、相良が俺の耳元に唇を寄せて静かに囁いた。
「冷静になれや、長谷川。テメェが今、目の前のクソ男を殴ったりしたら……これ幸いと深月ちゃんから引き離される口実にされちまうぞ? それでもいいのか?」
相良の声にふと視線を転じれば、騒ぎを聞きつけたのだろうか。病院が雇っていると思しき警備員ら数名が、こちらへ向かって駆けつけてくるのが目に入った。
最初のコメントを投稿しよう!