59.猿芝居と化けの皮【Side:長谷川 将継】

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 それに気付いた途端、深月の養父がわざとらしく「お、俺は何もしていないっ! ただ、妻と息子を連れて帰りたいだけなんだ! 頼むから俺の家族を奪わないでくれ! ヤクザまで使って妻の入院先まで来て(おど)してくるとか……酷すぎるじゃないか!」とわざとらしく騒ぎ立て始める。  周りにいた人間たちが「え? ちょっと待って? あれってそういう……?」だの、「言われてみればスーツ姿の長身の人、ちょっと普通の雰囲気じゃないよね?」などとざわつき出して。  相良は黙って立っていても目力がある分、のほほんと生きている人間たちとは身に(まと)う空気感が違う。きっと何も知らないギャラリーたちは、クソヤローのやたらオーバーな大根芝居に後押しされて、そのことを取り沙汰し始めたに違いない。 「深月っ。お前、のかっ。なぁ、目を覚ましてくれ! 義父(とう)さんと一緒に(うち)へ帰ろう!」  場の空気が変わり始めたことを敏感に察したんだろうクソヤローが、まるでそのことに活気づけられたように私の腕の中の深月を指さしてわざとらしく、こちらが薬を使って深月を眠らせているような口ぶりで(わめ)いた。 「えっ、薬!? 言われてみたらあの子、吐いてるじゃん。あれってやっぱり()のせいだったり? マジか。警備員、早くあの二人拘束してあの子、保護してやれよ」  ヒソヒソと、手前勝手な憶測をする声にそんな言葉が混ざり始めて……。私は深月を好奇の目から隠したいみたいにギュッと自分の方へ抱き込んだ。  だがそれが余計にギャラリーを焚きつけたみたいで、「往生際(おうじょうぎわ)(わる)っ」とか言われて四面楚歌(しめんそか)もいいところだ。  警備員たちは、警察にも出動を要請したのか、入り口から警察官が二名ほどこちらへ向かってくるのも目に入って、私は思わずすぐそばに立つ相良を見遣った。  深月は依然として目を覚ます気配がないし、このままではこちらが不利なんじゃないだろうか?  そう思うのに、相良は修羅場を何度も()(くぐ)ってきたからだろう。全くそんなの意に介した風もなく、そればかりか私の顔を見て問題ないといわんばかりに悠然とうなずいてみせるのだ。  何だかよく分からないが、相良が大丈夫と言うならそんな気がしてきてしまう。
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