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十二時を少し過ぎたところで病院を後にしたのだけれど。
(これから、どうしよう……)
長谷川さんは夕方に戻ったらすぐに食事が出来るように待っていてくれると言ってくれたけれど、まだ昼過ぎだ。
今日は仕事が休みだと言っていたから、家に戻ればきっと居るんだろうけれど、夕飯まで僕と二人きりだなんて気を遣わせないだろうか。
だって僕はまともに会話も出来ないし、長谷川さんはたくさん喋ってくれるけれど、気を遣わせないだろうか。
というか、僕はこの鍵を返すために戻らなくちゃいけないけれど、先生には格好つけてちゃんとお礼がしたいだなんて言ったけれど、やっぱり恐怖心もある。
でも――。
今朝、たくさん頭を撫でられてビクビクしてしまったけれど、その手はやっぱり温かくて、嫌悪感は一欠片も覚えなかったから。
もう一度、コートのポケットから合鍵を取り出して陽にかざしてみる。
(なんか、お守りみたい……)
大切なものを得体の知れない僕に預けてくれたという事実が、なんだか心が温かくて。
もう少しだけ、長谷川さんという人間を知ってみたい――そう、思っている自分に気が付く。
僕の帰りを待ってくれる人間が現れるなんて初めてだから。
恐怖心と隣り合わせで、幸福感がトクトクと溢れているのもまた事実なんだって思ってしまって。
(とりあえず……金も受け取ってもらえなかった上に、またご飯をご馳走になりに行くなんて申し訳ないな……やっぱり、何か少しでもお礼がしたいな……)
鍵と一緒に突っ込んでいたポケットの中から財布を取り出して中身を確認すると、受診料と薬の料金で残金は僅か二千円。
僕は折よく病院の目の前にあるコンビニに入ってATMで残高照会をしてみた。
残高は九万ちょっと。
(これじゃあ家賃も払えなくなる……早く新しい仕事見つけなきゃな……)
途方に暮れながら一万円だけ引き出すと、フラフラと徘徊した店内のスイーツコーナーで苺のショートケーキを発見する。
長谷川さん、甘いもの食べられるかな?
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