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相良さんは座っていたベッドから立ち上がり、床にしゃがみこんで、僕と目線を合わせると双眸を射抜いてきた。
「深月ちゃんの気持ちはすげぇよくわかる。義父はともかく……おふくろさんは深月ちゃんの味方だったはずだ。表向きは。でもな、そうじゃなかった。ショックだろうよ。そんで、それでもおふくろさんに変わって欲しい、見限りたくないって気持ちがあるだろ?」
僕は可能なら母さんに元に戻って欲しいし、義父さんと出会う前の優しかった母さんとの思い出が胸にたくさん詰まっている。
「はい。もう……母さんは元には、戻りませんか……?」
「深月ちゃんにこんなこと言うのはすげぇ酷なんだけどさ……義父もおふくろさんも変わらない。そんでもって、二人が深月ちゃんと長谷川にしたことを野放しにも出来ねぇんだ」
確かにあのままの母さんだったら延々と将継さんにお金を要求し続けるだろう。
「裏切られてしんどいよな。それでも、もしかしたら……って期待したい気持ちもよーくわかる。辛い。すげぇ辛いと思う。でも――長谷川のために強くなってやってくれないか?」
「将継さんの、ために……」
「――そ。長谷川のために。いま深月ちゃんのこと一番想ってるのは長谷川なんだわ。だから、コイツのために強くなって欲しい。手放さなきゃいけないモンは大きいけど、長谷川は絶対に離れない。俺が言いたかったのはそんだけ。じゃあもう二人の邪魔しないで帰るわ。深月ちゃん、お大事にな? あとは長谷川とイチャついてくれ」
それだけ言って相良さんは病室を後にした。
ずっと黙っていた将継さんは、僕の前髪を掻き分けて額に口付けを落とすと「参ったな……」と呟いた。
「……参り、ましたか?」
「ホント、相良には頭が上がらないな。私が言いたいこと全部言われちまった」
「将継さん……母さんは、僕が将継さんに、身売りしたって言いました。確かに、たくさんお金使ってもらってるし、お世話してもらって、ます。でも、違うんです……。僕は本当に将継さんのことが好きで……信じて、もらえ、ますか……?」
言ったら、将継さんは僕の頬をキュッとひねって、一瞬だけ掠め取るように唇を塞いできた。
「深月は何もわかってない」
すぐに離れてしまった唇が何だか寂しくて、でも『もっと』なんて言えなくて。
将継さんとの間に、少しだけ距離を感じた――。
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