62.奇襲【Side:十六夜 深月】

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相良(さがら)がな、あえて私と深月(みづき)との仲を聴かせることで、さらに煽ってやって久留米(ヤツ)をもっと大胆に動かせろと言ってきたんだ。このままじゃヤツは遠くから深月を傷つけてくる一方だからな。防戦ばかりじゃ埒が明かない」  将継(まさつぐ)さんの寝室で、彼はそう説明しながら僕の衣服を整え、「深月が失声症のなか抱こうとするなんて聴いたらブチギレるだろうな」と、どこか不敵に笑った。  けれど、あの先生をこれ以上焚き付けたら危ないんじゃ……と、僕は何だか不安で、スマートフォンに文章を打ち込んで将継さんの目の前にかざす。 『でも危なくないですか? もし将継さんの身に何か起こったら……』  それを読んだ将継さんは僕の頭をポンポンと撫でて、「深月に何か起こるより私に矛先(ほこさき)を向けてくれた方がずっといい」と笑った。 「で……も……」 「深月はなんも心配しなくていいから。風呂の支度すっから先に入っておいで? その間に(めし)作って待ってる」  僕はそれでもまだ不安だったけれど、コクリと頷いて将継さんと一緒に寝室を出る。彼はリビングに置きっぱなしにしていた鞄を持って先程の部屋へ戻しに向かった。 ***  お風呂から出ると将継さんが夕食を用意していて、「買い物行ってないから簡単なもので悪いな」と詫びてくるから『とんでもない!』と首を左右に振る。  席に着くとナマケモノのカップに温かいお茶を淹れてくれて。フーフーと息を吹きかけると、ゆっくり、声が出ない喉に染み込ませた。  そんな僕の様子を彼は慈愛に満ちた瞳で見つめてくるから、何だか面映(おもは)ゆい。 「あー、マジで深月抱けてたらなぁ。あれが演技じゃなかったら最高だったんだけど。こんな落ち着かない状況じゃいつになるかわかったモンじゃないな」  その言葉にケホケホとお茶をむせてしまうと、将継さんは「冗談」と、あながち冗談でもなさそうに瞳を(すが)めるから僕の頬は紅色に染まった。  こんな状況だけど、いつも僕を和ませてくれる将継さんが心の底から愛おしくて笑顔を向けたら、彼も笑みを返してくれるから。  ――すごく幸せだ。  そう思っていた。この時は――。
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