62.奇襲【Side:十六夜 深月】

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***   「いいか、深月(みづき)。誰か来ても絶対に出ないこと。家から一歩も出ないこと。鍵はどこも開けないこと。私は帰りに買い物をしてくるから少し遅くなるけど、ちゃんと待ってるんだぞ?」  僕がコクリと頷くと、将継(まさつぐ)さんはよしよしと僕の頭を撫でて、そのまま続けた。 「騒々しいけど、家の周りは相良(さがら)んとこのモンに警備頼んだから心配しなくていい。私が帰ってきたらもう警備はいらないって伝えてあるから、少し我慢してくれな?」  結局、声が出ない僕は安静にしなければならず、職場には連れて行けないと将継(まさつぐ)さんが判断して。僕は家で留守番ということになった。  何だか寂しいけれど仕方がない。僕はスマートフォンを取り出すと、すぐに文章を打ち込む。 『はい。僕なら大丈夫です。将継さん、お仕事気をつけて行ってきてくださいね?』  すると将継さんは僕をふんわりと抱きしめて唇を合わせてきた。(なめ)らかに動く彼の舌とは違ってぎこちないけれど、嬉しくて一生懸命応える。  作業服の胸元をギュッと握りしめたら、将継さんはその手を手のひらで包んでくれてから口付けを解いた。 「行ってきますのキスな? じゃあ深月。いい子で待ってるんだぞ?」  コクリと頷くと、将継さんは僕の頭を名残惜しげに撫で、玄関を開けて去っていってしまうから。やっぱり何だか寂しいけれど仕方がない。  僕はその場で少しだけしゅんとした後で、「あ、あ……あ」と声を出そうとしてみる。将継さんに『いってらっしゃい』も伝えられないこの現状がもどかしい。  一人っきりの寂しさを誤魔化したいみたいに、僕は発声練習をしながら家事をしにリビングへ戻った。 (将継さん、早く喋れるようになるから……その時は最初に『好き』って言うから)  ――待っててね。
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