62.奇襲【Side:十六夜 深月】

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 将継(まさつぐ)さんは後頭部を強打されたようで意識を失ってしまっていて、僕はしゃがみ込んで将継さんに「ま、……さ、ぐ!」と必死に声を掛ける。  先生がいる危機感よりも、将継さんが倒れてしまったことの方が心配で、僕の瞳から涙がこぼれる。 (僕が抱きつかなければ……!) 「ま……さ!」   彼は脳震盪(のうしんとう)でも起こしているのだろうか、一瞬だけ焦点の合わない瞳を薄っすらと開けて「みづ……逃げ……」と呟いて再びまぶたを閉じた。 「深月(みづき)くん、そんなに長谷川(はせがわ)が心配? 殺してはいないから大丈夫だよ? 声まで失って可哀想に……。だ。いま助けてあげるからね?」  そう囁いた先生に突然腕を引かれて、胸に身体を押さえ込まれてしまう。何とか振り払おうとするけれど、先生の腕力の方がずっと強くて逃れられない。  すると先生が僕の腕の袖をまくり上げて、何か注射針を打ち込んでくるから痛みに「……っ!」と眉をしかめる。    そのまま僕は腕を強く掴まれて、玄関からサンダル履きのまま引きずり出され、素早く家の前に停車してあった車に押し込まれた。先生が運転席に座ると、すぐに急発進する。  打たれた注射は何か麻酔の(たぐい)なのだろうか、徐々に身体に力が入らなくなって意識が混濁してしてきた。 「ま……さ……」 (きっと無事に目覚めた将継さんと相良(さがら)さんが助けに来てくれるはず……)    そう思いながらも、将継さんが帰ってきたことに浮かれていてスマートフォンを家の中に置いてきてしまったことに気が付いて僕は愕然とする。 「深月くん、やっと捕まえた。僕のへようこそ。もう逃げられないよ? この車は途中で投げ捨てるから足跡も掴ませないよ?」 (じゃあ僕はもう見つけられることはないのかな……)   高速で車を飛ばす先生の声を耳に入れながら、僕の意識は次第に虚ろになり、上まぶたと下まぶたがくっつこうとすることに抵抗すら出来ない。 (将継さん……目を覚まして……)  ただそれだけを祈りながら、僕の意識は途絶えた――。
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