64.最初に好きって言うんだった【Side:十六夜 深月】

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 狂いそうなほど熱くて怠い身体を、荒い吐息をこぼしながら、それでも僕は動かし続ける。  将継(まさつぐ)さんの無事を知りたい、その気持ちだけが原動力となって、四つん這いのまま四肢を前へと進め続けた。  無我夢中で、どれだけそれを続けていただろうか――。  不意にキャンキャン!と犬が大きく吠える声が聴こえて、今にも突っ伏してしまいそうな身体を支え、視線を転じた。  誰かの別荘の前に辿り着いたらしく、飼い犬と思しき大きな犬が立派に番犬の務めを果たし、僕に向かって吠え続けてくる。  すると――。  建物の玄関扉が開いて一人の婦人が出てくるやいなや、地面に這いつくばる僕にびっくりして駆け寄ってきてくれた。 「あなた! どうしたの!? どこか具合でも悪いの!? 救急車呼ぶ!?」  慌てふためく婦人に僕はブンブンッと首を左右に振ってみせたけれど、腕はそこで力尽きて完全に地面に突っ伏してしまう。 「はっ、ぁ……て、く……ださ……電……わ……貸し、て……」 (将継さんの声が聴きたい……)  荒い呼吸で懇願すると、女性はエプロンのポケットから僕にスマートフォンを渡してくれるから、もうとっくに暗記している将継さんの番号を、震える指でタップする。  けれどコール音が鳴り続けるばかりで一向に将継さんには繋がらず、非情にも留守番電話サービスに切り替わった。 (将継さん……まだ目覚めてないのかな……知らない番号だから出てくれないのかな……) 「はぁ……はっ……将継さん、無事ですよね……?」   それだけ留守番電話に吹き込むと、僕は地面にギュッと丸まり込む。女性が必死に声を掛けてくれるけれど、スマートフォンを返すだけで精一杯だった。 (将継さん、無事だよね……? あ、声……)  やっと声が出たことに気が付いたのは、口を開いてややしてからだった。  女性が救急車の手配をしてくれているのを耳に拾い入れながらも、僕はもうどうなってもいいから、将継さんが無事でありますように……と、ただそれだけしか考えられなくて。 (あ、そういえば、声が戻ったら最初に〝好き〟って言うんだった……)  と――。  女性が、「電話! 電話鳴ってますよ!?」と僕の肩を揺すってきたけれど、身体も心も限界を迎えていて、その声はもはやどこか遠くで響いていた――。
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