66.覚悟【Side:十六夜 深月】

5/5
前へ
/410ページ
次へ
 先生が僕をどう思っていたのかはともかくとして、仮にも十年近く親身になってくれて、将継さんと出会う前はただ一人だけ心を許せた存在だ。 (そして、僕も好きだった……)   僕以外にも先生を慕っている患者はたくさんいるだろう。  そんな大切な仕事を奪っても良いのだろうか?  落とし前が何なのかもわからないけれど、職を奪うというのは何だか自分が酷く悪いことをしようとしているような気がしてしまう。 「深月(みづき)ちゃん、さては迷ってるな?」  相良(さがら)さんの問いに、僕は動揺を隠しきれなくて、思わず視線を泳がせてしまうと、背後から僕を抱きしめる将継(まさつぐ)さんの腕に更に力がこもった。 「久留米(くるめ)はな、カウンセラーとしてやっちゃぁいけねぇことをしちまったんだよ。ヤツが仕事を続ける以上、深月ちゃんも長谷川も脅され続ける。担当医って立場を利用してな。――それでもいいか?」  相良さんの瞳は真摯だ。  僕が何も言葉を紡げないでいると、彼はそのまま続けた。 「長谷川や深月ちゃんへの暴行やなんやらの落とし前はきっちり付けさせる。だが、それ以前にヤツが〝先生〟であることが問題なんだ。社会的にも落とし前つけなきゃなんねぇ。深月ちゃんにその覚悟を持って欲しい」 「……でも、……僕は……」  言い淀んでしまうと、今まで黙っていた将継さんが、静かに「相良」と低められた声で何かを(たしな)めた。 「深月が優しすぎるくらい優しい子なのはお前ももうわかってるだろ? 急に重大な決断は迫らないでやってくれないか? 考える時間を与えてやって欲しい」  将継さんの問いかけに相良さんが小さく吐息を落として、「深月ちゃんは、長谷川のこと好きか?」と僕の瞳を覗き込んでくる。 「……はい。好きです」  これだけは、はっきり断言出来る。  僕は将継さんのことが好きだ。心の底から。 「長谷川のための決断でもある。よく考えて欲しい。――ま、とりあえずもう久留米(ヤツ)は俺たちの監視下だ。二人でよく話し合って今後のことを決めてくれや」  言って、相良さんがふっと表情を緩めると、僕と将継さんをどこか慈愛に満ちた瞳で交互に見つめてきた。 「お前らのことは、俺が最後まで面倒見る。絶対(ぜってぇ)守るから、まずはしっかり身体治せや。じゃあ、とりあえず今日のところは俺は退散するわ。深月ちゃんは捻挫だけだから心配ねぇけど、長谷川が入院中は一緒に病院にいた方がいい。あ、二人部屋にするよう手配しとくわ。病室の前には引き続き警護つけとくから」 「悪いな、相良。恩に着る」  気にすんなと言った相良さんがそのまま病室を後にしていく後ろ姿を見つめたら、僕は何だか酷く胸が締め付けられた。 (相良さんがこんなにも僕たちのために尽力してくれてるのに僕は……) 「将継さん」 「ん?」 「僕が将継さんや、相良さんに恩返し、出来ることは何ですか? 僕、覚悟します。……二人のために役に立ちたい、です」  ――そうだ。僕は将継さんを守る。そのために僕に出来ることがあるのなら、何だってしなきゃいけないんだ。
/410ページ

最初のコメントを投稿しよう!

739人が本棚に入れています
本棚に追加