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68.僕にしか出来ないこと【Side:十六夜 深月】
「将継さん……この部屋……」
将継さんの退院が決まって、てっきり僕たちの家に帰るものだと思っていたら……。相良さんに病院からその足で誘導されたのは、僕には縁遠すぎる高級ホテルだった。
地上三十八階のその部屋――エグゼクティブルームというらしい――は、二〇帖以上はありそうな広さにクラシカルなキングサイズのベッドが鎮座している。
そばにはソファセットから大画面テレビまで置かれているけれど、まったく圧迫感がなく、本当に二人用なのだろうか?と目を疑ってしまう。
海が見渡せるリゾート感満載な一面ガラス張りの眺望は、もはや絶景を通り越して足が竦むレベルだ。
一般客室階とは別の専用フロント、コンシェルジュまで存在していて、これまたエグゼクティブルーム専用のエレベーターに乗ってここまで辿り着いた。警護の面々は部屋の前ではなく、エレベーターの前に配属されているらしい。
「なぁ、相良よ……。しばらくここにいろだなんて私はお前に一体いくら払えばいいんだ?」
「俺が勝手に押し込んでんだ。金なんざいらねぇよ。深月ちゃんとくつろいでくれや」
言って、何やら含み笑いの相良さんは、「深月ちゃん」と僕を手招きするから、そばに近寄ったら耳元でさらりととんでもないことを言った。
「あんな、こないだ言ったお楽しみって、こういう場所ですることだかんな? 長谷川を腹上死させないでやってくれな?」
その言葉の意味を理解して、たちまち頬を真っ赤に染めてしまうと、相良さんはククッと笑って「んじゃぁなぁ」と僕たちを二人にして出ていってしまうから。
かちこちになってしまった僕を見て、将継さんは不思議そうに声を掛けてきた。
「深月、どうした? そんな固まって」
「ま、将継さん! お、お楽しみは、まだ……ですよね? 僕、心の準備とか……色々……その……」
「お楽しみ?」
(ひっ! 僕だけ意識してる!)
「ま、将継さん! 海! 海キレイですね! 僕いま、そこに海があったら……飛び込みたい気分です!」
「深月……先生のことで辛い気持ちはわかるけど、そんな縁起でもないことは言わないでくれないか?」
(違うんです! 将継さぁぁぁん!)
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