68.僕にしか出来ないこと【Side:十六夜 深月】

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 病院へ辿り着くと、僕はすぐに受付の女性の一人に「あの、外来患者の十六夜(いざよい)ですけど、久留米(くるめ)先生に、お会いできますか……?」と訊ねる。 「久留米はしばらく有給休暇を取っていまして……今日、出勤しているかどうか……。ちょっと確認しますので少々お待ちください」   院内PHSで女性が連絡を取っている様子を僕はそわそわと待った。将継(まさつぐ)さんたちが来ているんだから、きっと院長に呼び出されて出勤しているだろう。 (今こうしている間にも僕の証言がなくて将継さんが窮地に立たされているかもしれない……急がなきゃ……) 「出勤していました。ただ、久留米は只今来客中のようで、院長室で面談を行っているそうですが……」 「あの、十六夜が来たと、伝えてもらっても……いいですか?」  女性は再び電話で一言二言喋ると、手早く電話を切って「院長室までお越しくださいとのことです。ご案内しますね」と告げてくれたので「ありがとうございます」と頭を下げた。   女性が受付から出てきてくれて、僕を誘導してくれるので、後ろにくっ付いて院内を静かに歩き出す。  捻挫した足はもうだいぶ良くなっているけれど、それとは別に足が重いのは気のせいじゃないだろう。  僕が約束を破ってここに来たと将継さんが知ったら悲しむかもしれない。怒るかもしれない。けれども、僕は歩みを止めるわけにはいかなかった。 (将継さん……ごめんなさい……)  僕には僕にしか出来ないことをしなくちゃいけないんだ。  それが、長年慕った先生を失墜させることになったとしても、もう躊躇(ためら)っている場合じゃない。 院長室の前で立ち止まった女性がノックをすると、中から「どうぞ」と声が聴こえた。いよいよなんだと思った僕は、気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸をする。  扉が開かれて「院長、十六夜様がお見えになりました」と部屋に(いざな)われた――。
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