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深月を手招きながら、
「ほら、そんなところに突っ立ってないで上がって?」
来客用に準備していたスリッパを玄関マットの上に載せて
「これ、使ってね?」と告げたら、おずおずと言った調子で深月がこちらへ近付いて来る。
「え、えっと……お、お邪魔します……」
「はいどうぞ」
手にケーキ屋さんのモノと思しき小箱を手にしている深月に、「もしかしてそれ、買って来てくれたの?」と図々しく指さしたら、「あ……」と深月の口から小さく声がこぼれた。
「あ、あの……甘いものとか……お好きかどうか分からなかったんですけど……その……け、ケーキを買って来たんです。……もし宜しければ」
おずおずと差し出された箱を見て、私は瞳を見開いた。
箱には咲江が生前よく利用していた、彼女お気に入りのケーキ屋のロゴが入っていて……。
私は結局その店がどこにあるのか知らないままに、長いことそこのケーキとは疎遠になっていたのだ。
別にちょっと調べればきっと、そのケーキ屋を突き止めることぐらい造作ないことだっただろう。
だけどそれをしなかったのは、一人でそのケーキ屋のケーキと向き合う勇気が自分にはまだなかったからだ。
「あの……は、せがわ、さん?」
箱を受け取れないまま固まってしまった私を不審に思ったんだろう。
深月が恐る恐る私に声を掛けてきて。
私は「……ああ、ごめん。深月が買って来てくれたのが、ちょっと思い入れのあるケーキ屋さんのものだったからつい動きが止まってしまっただけなんだ……」と、思ったままを口にした。
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