70.決別と予兆【Side:十六夜 深月】

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70.決別と予兆【Side:十六夜 深月】

「やぁ、深月(みづき)くん。丁度いまキミの話を院長としていたんだ。よく来てくれたね」  瀟洒(しょうしゃ)な院長室に入ると、中には院長と久留米(くるめ)先生の二人きりしかいなくて僕は目を(みは)ってしまった。 (将継(まさつぐ)さんと相良(さがら)さんは……?)  将継さんに何があったのかはわからないけれど、どうやら僕の方が先に着いてしまったようだ。でも、受付の女性は『先生は来客中で院長と面談中』だと言っていなかっただろうか?  それが、将継さんと相良さんじゃなかったんなら……。 「深月くん。警察が来ていたんだ。深月くんを脅して、暴力・性的虐待をしているあの男への通報を済ませたところでね。今、彼がどこにいるかわからないけれど、すぐに捜査の手がいくはずだよ?」  将継さんに捜査の手?  彼なら、いま病院(ここ)に向かっているはずだ。警察が動いて捕まるなんてことになったら……。  パニック状態になっていると、院長が「十六夜(いざよい)さん。とりあえず座ってください」と静かに声を掛けてきたので、コの字型のソファの上、先生から距離を開けて着座する。 「匿名で、久留米先生がキミを盗撮した画像が届きました。しかし、久留米先生はキミを守るための措置だったと言っています。私としても、有能な久留米先生には考えがあってのことだと信じていますが……念の為、キミの話を聞かせてもらってもいいですか?」 (院長先生も久留米先生の味方だろうか……) 「院長先生、聞いて下さい。盗撮画像が送られてきたのは、本当……です。僕、ネットで調べました。カウンセリング中の撮影は、事前に患者の許可がいるって……。僕、許可した覚えがないのに撮影されてたんです……。それに……僕は久留米先生に脅迫、されました」  ちらり、先生に視線を流したら、先生はまったく動揺すら見せず、そればかりか余裕たっぷりな顔で勝ち誇ったように言ってのけた。 「深月くん。脅迫じゃなくて事実だよ? あんな酷い男を(かば)わなくていいんだよ? 洗脳されて可哀想に……」 「酷い男なんかじゃっ……!」  どうして僕が洗脳されているなんて言われなきゃいけないんだろう。僕はそんなことされていない。ただ、将継さんを愛して一緒にいただけだ。  僕が知っている優しい先生は完全に消えたんだ……この十年近くの歳月が、先生を信頼した日々が、改めてこんな風に崩れ去るなんて――。
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