70.決別と予兆【Side:十六夜 深月】

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「院長。先程も警察の前で説明しましたが、深月(みづき)くんは義父からの性的虐待を受け、十年近くもずっと僕が診てきました。それが長谷川(はせがわ)という男との接近を許したばかりに、無理矢理囲われて性的虐待と身体的暴行を負わせるはめに……深月くんの件は完全に私の失態です。誠に申し訳ございません」  将継(まさつぐ)さんも相良(さがら)さんもいない今、僕の言葉など聞き入れられるのだろうか――でも、それでも将継さんが貶められるのだけは許せなかった。 「僕は将継さんに……性的虐待も暴力もされていません! 偏見の目で見られるかもしれないけど……僕たちは恋人、です。彼が病気も治してくれました。通報される理由なんて……どこにもないんです! 信じてください!」  院長がひとつ、ほぅっと吐息を落して僕に対して何か憐れむような視線を向けてくるから、畳み掛けるなら今しかないと思って――。 「……僕は彼のことを、愛しています。無理矢理手篭(てご)めにされたわけでも、脅迫されたわけでも、ありません。暴力を受けたのは、別の人からです。院長先生は、患者の言うことを信じて、くれないんですか? 恋人は認められませんか?」 「キミの真剣さは伝わってきます。しかし――久留米先生の見解を聞いていると、私もキミが脅されて恋人だと言わされているような不安が拭えないんです。随分と消極的な子らしいですから」  僕は拳をギュッと握りしめる。  いくら僕が消極的だからって、好きでもない人のそばに無理矢理囲われたりなんかしないのに、勝手な憶測を押し付けられるのが悔しい。僕は本気なのに。 (ごめんなさい……将継さん……結局、僕のせいで通報された……)  と――。  そこで院長の白衣の胸ポケットの中で院内PHSが着信を告げた。 「はい。長谷川(はせがわ)さんが? ――通してください」 (将継さん!)  けれども、今ここに来るのは針のむしろじゃないだろうかと心配になってしまう。警察が将継さんを追っているんだから。  将継さん……本当に通報されてしまったなんて知ったら絶望しないだろうか。いくら相良(さがら)さんがついていてくれても、もう警察が動き出している。  ――それ以前に、僕が約束を破って今ここにいることに失望してしまうかもしれない。  けれど、たとえ将継さんに失望されてしまったとしても、僕は今この場から逃げ出すことなんて出来ない。
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